今日も僕は、ラグオルに降りる。
あの日から、たちまち十日ほどが過ぎ去った。
あの後、僕はキリークさんに会っていない。
噂は時々聞くんだけれど。
すこしづつ、顔なじみのハンターズさんたちが増えてきて、ギルドに入ったとたんに一斉に見つめられることも減ってきた。
その代わり、容姿と名前で冗談のタネにされることは増えちゃったみたいだけど。
キリークさん、やっぱり今頃誰かにからかわれてないといいけどな。
いや……あのひとをしつこくからかう度胸のあるひとなんて、いるわけないか。
僕はちょっぴり笑って、ダガーを手に森を進んだ。
キリークさんの教えてくれた事は、僕の修行に本当に助けになっていた。
もう僕は、あの日キリークさんに守られて歩いたこのセントラルドームへの道のりを、一人で何の危険もなく歩くことができる。
あのひとみたいに一撃必殺、とはいかないけれど。
ギルドからも、そろそろ10レベルライセンスの認定をもらえそうな雲行きだ。
受けられるのはまだまだ『簡単な』依頼ばかりではあるけれど、それでも確実にこなしながら、僕は強くなるためにがんばっている。

転送ゲートを越えて、セントラルドームのある丘陵地帯に足を踏み入れる。
今日も灰色の空から、冷たい雫が地に注ぐ。
今日は、ドームまで行ってみよう。
他の先輩ハンターズさんたちの調査の結果、どうやらドームに人は残っていないらしい。
どこかに避難している可能性を考慮して、軍部が捜索隊を編成しているそうだ。ギルドからもそちらの捜索に一部のハンターズを派遣したという。
おかしなことに、ドームの地下に、資料にない広大な空間があって、そこになにやら住み着いているという話も聞いた。
どうなっているのかな。
時々襲いかかってくるエネミーたちを撃退しながら、先に進む。
今日はなんだか、いつもより数が少ないような気がするんだけど。
ふと、手元の携帯端末のレーダーに目をやる。
「あ!!」
僕の位置を示すマークの他に、もうひとつのマークがみえる。誰かがこのエリアにいるらしい。
しかも、その人の近くにいくつかエネミーの位置を示す光点がある。
戦っているんだ。たった一人で。
いかなくちゃ。
僕の位置と、その人の位置からおよその場所を推測する。
セントラルドーム正面ゲート前広場の真下に当たる、袋小路になった広場。
そう当たりをつけて、僕は走った。
全力疾走でそこに駆け込む。たしかここは、ブーマの巣になっていたはずだ。
「……………えっ?」
いない。
広場はからっぽだった。
だけど、マークはこの近くに………
「しまった!!」
ここじゃない、上だ!!位置の把握を間違えた!
ドームの敷地内につながる唯一の転送装置は、この丘陵地帯の反対端からでないと行けない。
この建物二〜三階分ほどの段差の、すぐ上なのに。
キリークさんなら、跳躍力と身のこなしでよじ登れるかもしれないのに。
とにかく、行かなければ!
僕がもときたほうに引き返しかけたとき。

ぴしゃん、ばりぃんんっ!!

段差の上のエリアで、すさまじい炸裂音と閃光がした。
段差の縁に放置されたコンテナが、粉みじんに消し飛んだ。
聞き覚えのある絶叫。ヒルデベアの断末魔だ。
誰かがこの上で、テクニックの「ギゾンデ」を連打したらしい。
それきり、段差の上はしーんと静まりかえる。
「…………………」
少しして、ひょこんと誰かが段差の縁に立った。
青い服の女の子。フォマールだ。
短い髪の頭に、飾り気の少ない帽子をのっけている。
オートガン片手に、その子は僅かに日の差し込む遠い空を見据えていた。
大きく一つ、深呼吸して。
両手をメガホン代わりに口元に添えて。
その子は叫んだ。

「せんぱーーい!キリーク先輩ーーー!!」

え…………

「ソラちゃん、頑張ってますからねえぇぇぇっっ!!」

えええええ!?

『しばらく前に、駆け出しのフォマールと仕事をしたのが、他人と組んだ最初、だ。
ソラという娘だったな。……………先が楽しみだ。くっくっ……くくく…くふふふ……』

キリークさんが言っていたフォマールのソラさん。あ、あの子がそうなのか!?
呆然と見上げていると、彼女はふっとこちらを見た。
「え……えええええ!?せっ、先輩いぃぃぃぃっっっ!?」
素っ頓狂な声を上げて、彼女は紫色の眼をまん丸にする。たちまち顔面がトマトみたいに真っ赤になって、両手で口元を覆う。
え………あ!
どうやら、遠目に見て、僕とキリークさんとを見間違えたらしい。
身体の大きさをのぞけばたしかにそっくりだから……
「あの、えと、あ、あたし、あたしっ……あらららら……あ!!」
「ああっ!!」
動転した女の子は、何かに足を滑らせた。三階の屋上ほどの高さの段差から、小柄な身体が宙に舞う。
フォマール用の真っ青な防護服が、青空を切り取ったように風に翻った。

「うわあああっっ!!」

僕は絶叫して、武器を放り捨て、両腕をさしのべながら突進した。
間に合うか!?
女の子は落下しながら、何か叫んだようだった。
助けなきゃ。なんとしても、助けなきゃ!!
ほんの二、三秒もなかったはずだけれど、倍以上の時間に感じた。
突然、僕の周りで、風が渦巻いたような気がする。
女の子の小柄で華奢な身体が、ふわりと………としか形容できない………腕の中に落ちてきた。
不思議と重みや衝撃はそのときの記憶にない。

空のかけらが、僕の腕の中に舞い降りてきたように。

風が止んだ。
腕の中で、女の子の身体が、相応の重みを取り戻す。
まるで、風に支えられていたみたいだ。
………まさかね。
僕は腕の中に抱きとめた少女を見た。
光の加減か、微妙に青みや緑、いくつかの色彩を帯びて見える銀色の眼が、僕を見上げていた。
え?
銀色?そんな馬鹿な。慌ててよく見直す。
まばたいた彼女の目は、最初に見たとおり、冴えた紫水晶の色をしていた。
「あの……どうも……ありがとう。もう大丈夫だから………。」
「あ、ごめん。」
僕は女の子を地面に立たせた。
「驚かせてごめんね。知っている人に、とてもよくにていたものだから……慌てちゃって。」
女の子はまだほっぺを桜色に上気させている。
「キリークさんから聞いてる。ソラさんって、君なんだね。」
「あ!先輩を知ってるの!?」
女の子……ソラさんの瞳がぱっと輝いた。
僕は頷く。
「初めての仕事の時に、いっしょに組んだっていうかついてったっていうか……。
ちょっとコワいし、戦闘狂みたいなとこあるけど、でも、僕、あの人が好きだよ。尊敬してる。」
ソラさんは、僕の言葉に、何度も何度も頷いた。
「あたしも、そう。先輩は、命の恩人でもあるの。……なんか、気が合いそうだね、あたしたち。
ええと、ちゃんと自己紹介してないや。あたし、ソラ。ソラ・エヴァーグリーン。よろしくね!」
ソラさんは僕に手をさしのべる。
「僕は……キリーコ。キリーコ・アシハ。よろしくっ!」
僕もその手を握り返す。
「キリー………」
ソラさんはちょっと笑いそうになりながら、僕の顔をしげしげと見た。
「小さなキリーク、ッてなところなのかな。あなたを造った人って、先輩の知り合いか何かじゃない?」
「………そうなのかもね。僕も知らないんだけど。」
死んだママは、あの人を知っていたのだろうか?
でも、そう考えれば、僕の姿と名前がよく似てることに説明が付くんだよな。

僕があの人に出会ったのは、もしかしたら運命ッてやつだったのかもしれない……………

僕は今日もラグオルに降りていく。
鎌じゃないけど、パルチザンを携えて。今日は洞窟エリアで依頼の仕事だ。
「よぉし、それじゃ、GO!」
僕の傍らには、青空と豊かな大地を意味する名をもつ、僕よりも小柄な陽気なフォマールの女の子。
それに、お友達だという赤い髪のレイマーと、銀糸のような髪を持つ、さらに小柄なフォニュエール。
「ソラねーちゃんたち、ポイゾナスリリーと地雷の排除は、僕に任せといてよね!」
「どっかやられたら、我慢なんかしてないで言いなさいよ、キリーコ。」
「はーい、頼りにしてます。ねーちゃんのレスタは、あったかいからね。」
レイマーのネオさんとフォニュエールのノーチェさんは、僕らのやりとりにくすりと笑った。
「仲いいんだね、あんたたち。本物のきょうだいみたいだよ。」
「えへへー。レスタがあったかいのはね。愛が詰まっているからなんだよぉ。」
おどけた口調で、とても優しい事をさらりと言ってのける姉ちゃん。

僕やキリークさんとのことがあったせいなのか元からなのかは知らないが、ソラ姉ちゃんはアンドロイドに優しい。
というか、人間、ニューマン、アンドロイドの違いで対応を変える、ってことがないんだ。好きも嫌いも、相手のあり方だけで決めている。
ハンターズの間で種族差別するやつなんてまずいないけど、世間一般には少なからずそういう人間がいる……
悲しいかな、それも事実なんだとこの仕事をしているうちに僕は知ってしまった。
だからこそ、ハンターズの仲間やソラねーちゃんのあり方は得難いものなんだって事がよくわかる。
なんでも、ニューマンに至っては、以前誰かに指摘されるまで、違いを気にもとめていなかったらしい。
知識としては知らなかったわけではないらしいのだが、「そーゆーもんか」程度にしか認識していなかった…らしい。
いったい、パイオニアに乗り込む前は、どんなところでくらしてきたんだろう。相棒になったのに、その辺謎の多いひとだよなぁ。

「………でもね。ソラちゃんは、もっとあったかいものを知ってるんだよ。」
「?」
「それはね。アンディーさん(注:アンドロイドの愛称)の使う、アトマイザー!」
そう言って、照れ隠しなのだろう、ソラねーちゃんはラグオルに降りる転送装置へと駆けていく。
「まってよ、ねーちゃーん!」
僕は青い服のフォマールを追いかけて、走り出した。あとから、ネオさんとノーチェさんも駆けてくる。

まあ、いいか。
僕らは、こうやって、前へと進んでいくのだろう。
あのひとは一人で歩いていくけれど。
きっと、追いついてみせる。
そうすれば、きっと。
いつの日か、きっと一緒に……………。

<FIN>


あとがきです。
ちまたでカワイイと評判(?)の、ぼっちゃんヒューキャスト・キリーコくんのお話第一話でした。
『戦いのいしずえ』がモチーフですが、内容は全く関係ありません。
ちなみにP2の、キリーコがウルフに飛びつかれたところをキリークさんがイーターで一撃必殺、というあたりは実話です。
情けないぞ、仮免。←おいおい^^;
ネタバレの危険なく書けるお話でしたので、かなり好き放題かかせていただきました(^_^)vたのしかったです。

ラストシーンでちょっとだけ出てきたレイマーのネオさんと、フォニュエールのノーチェさんは作者がいつもオンラインでお世話になっているかたです。
出演許可ありがとうございました。
ご期待していただいた割には出番が少なかった(つーか、出てきただけ^^;)ですが、今回は顔見せということで。
今後ソラちゃんたちのお仲間つーことで、たぶん時々出てくる予定ですので、かっこいい見せ場をご用意させていただくつもりです。


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