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「姉ちゃん!!」
ハンターズエリアのメインストリート。
とあるショップの前に、見慣れた麦わら色の髪の女の子を見つけて、僕は叫んだ。
道行く人が驚いて僕を見る。お構いなしに僕は走った。
「ごめん!すいません!ちょっと通して!!」
人の流れに半ば逆らいながら駆け寄っていくと、姉ちゃんはぼんやりと顔を上げた。
「……………。あ……キリー………」
何故だろう。一瞬、姉ちゃんがとても儚げに見えた。
「ソラねーちゃん。何かあったのかい?」
ソラ姉ちゃんは華奢でちっちゃい。
でも、いつも元気でなんだかエネルギー過剰気味で、物静かにしているときでもこんなに頼りなく見えた事なんて一度もなかった。
「……………ううん。何も………なんにもないよ、キリーコ。………なんにも。」
倒れそうに見えるんだけどなぁ。
姉ちゃんは今日はハンターズスーツじゃなくて、普通の服を身につけている。
やっぱし青い服だけど。
姉ちゃんの出てきた店は、防具一般を扱う店の一件だった。確か修理もやってたっけ。
「ああ……ちょっとハデに破いちゃって。ショップにも今程度のいいスロ4防護服なくってさ……。
ま、しかたないね。………2、3日ばかり、探索はお休みかな…。」
もっけの幸いだ。
「姉ちゃん、こっち来て。」
「?」
「いいから!」
僕はソラねえちゃんを、ほとんど無理矢理引っ張ってすいているカフェに連れて行った。
なるべく道から見えない席に姉ちゃんを押し込んで、僕は窓に近い側に座る。
「ご注文は?」
「僕は潤滑オイル。……ソラ姉ちゃんは?」
注文を取りに来た草色のキャシールに適当に応じながら、僕は姉ちゃんに問う。
「………梅昆布茶…………」
「へ?」「は?」
僕とウェイトレスさんの声がハモる。
ウメコブチャって何?
「……あ、ああ……」
僕らの視線に気づいたのか、姉ちゃんは数回瞬きをしてようやくぼうっとするのをやめた。
「レモネード、できるかな?」
「潤滑オイルとレモネードですね。お待ちください。」
ウェイトレスさんが去った後、僕は周りを見回した。………大丈夫みたいだな。
「キリーコ、あんた、何かあったの?」
ソラ姉ちゃんは紫色の眼で僕を見た。
「僕にじゃないよ。そりゃ僕だって無関係とはいかないと思うけど。
いい、ソラねーちゃん。落ち着いて聞いてよ。
『ブラックペーパー』って闇組織があって、そこの殺し屋が姉ちゃん狙ってるんだって。
以前お世話になった事がある、事情通のレイマーさんが教えてくれたんだ。
ええと、名前は〈ハウンド〉、『黒い猟犬』て呼ばれてる戦闘アンドロイドなんだって。」
声を潜めてそう告げると、姉ちゃんは紫の瞳をかすかに細めた。
「ブラックペーパー………黒い…猟犬……。………そうか……。」
無意識に右腕を押さえながらつぶやく。なんだかものすごく悲しげに見えた。
「姉ちゃん?」
「………え…?あ、ああ。大丈夫だよ。教えてくれて、ありがとう。」
「おしえてくれて、ありがとう、じゃないッて!」
いくら僕だって、これがそーとーヤバい事だってわかるぞ。
「当分ラグオルに降りちゃだめだよ。殺してくれッて言うようなもんじゃないか。
少なくても、一人で行っちゃだめ。僕、ボディガードやるから。僕が姉ちゃんを護るよ。ね、姉ちゃん!」
「駄目!」
ソラ姉ちゃんはいきなり血相を変えた。
「それは駄目、キリーコ。絶対駄目。」
自分が狙われていると知ったときより、僕が護るって言ったときの方が焦るなんて。
水くさくない?それとも……姉ちゃん。
僕じゃ頼りなさ過ぎる?
そりゃ……わかってるよ。確かに僕じゃ姉ちゃんの好きな人みたいにはいかないけどさ。
だけど……
「違うよ、キリーコ。」
ソラ姉ちゃんは僕の目を見つめるようにして静かに言った。
「そーいうんじゃなくてさ。うまくいえないけど……。
これは、あたしが越えなければいけないこと。自分の力で。
理解
(わか)らないかもしれないけど、でもそうなの。あたしにとって、『あたしの』試練なの、これは。
勘違いしないで。あなたが邪魔だとかいうんじゃない。
あなたが気遣ってくれる、それだけであたし、とても力づけられるんだから。
ただこれは、あたしがあたしでつけなければいけない、けじめみたいなものなの。
………あなたなら、わかってくれるよね?キリーコ。」
姉ちゃんは両手の指を絡み合わせるようにしながら、僕を見て、いつもの優しい笑みを浮かべた。

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じゃっ!

鋭い音を立てて、フォトンの刃が振り抜かれる。
空気の分子が灼かれたイオンの匂いだろうか、かすかな臭気が鼻をかすめた。

「姉ちゃあん!キリーク兄ちゃぁんっ!!」

先輩………私、彼には話しませんでした。
あなたが『黒い猟犬』だって、キリーコは知りません。
あの子にとって、あなたはトップハンターのキリーク、他の何者でもないんです。
今までも……そしてたぶん、これからも。

技量も何もない、ヒューキャストの腕力にまかせた叩きつけるような打ち込みを、フライパンで受け流す。

がづっ!

衝撃が重すぎて、そのまま床に引きずり倒されるように叩きつけられた。
これで何回目だろうか……
頭がくらくらし始めた。
振り下ろされる死の刃をかろうじてかわし、何とか少し間合いを取って起きあがる。

理性は手遅れを告げている。でも……心はまだ、諦められない。諦められるわけがない。

どうにも……ならないの?もう、どうすることもできないの?

どこか、口の中を切ったのだろうか。
痛みはない。しかし、かすかに、血の味を感じた。

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再会したとき、あのひとは、闇の中に立っていた。
あれから、十日ほどだったろうか。
洞窟エリアの溶岩地帯。熱気の立ちこめる暗い広間に、一人たたずんでいた。

「探したぞ……我が新たな好敵手……」

私を認識するや、ぼそりとした口調でつぶやくように言う先輩。

好敵手。
獲物……じゃ、ないんですね、先輩?

私は先輩のすぐ前まで進み出た。黙って彼の顔を見上げる。
悲しいかな、先輩がどんな『表情』を浮かべているのか、私にはよくわからなかったけれど。

「オレは戦うコトにシカ、生きる意味を見出せなイ。」

あの日から、ずっと、考えていた。

戦う為に、ただそれだけのために生まれた戦闘アンドロイドの先輩。
朽ち果てるその日まで、命じられ、戦って殺す、それ以外の生き方を許されない先輩。

「つまり、今、貴様と戦うことで、オレは生きていられるのだ。」

自分の命をチップに張って。
生き死にのすれすれの感覚を貪ることでしか確かめられない己の生。
先輩、あなたは……。

「……ウレシイぞ……もうここには何もないと思っていたカラな……!」

長柄の鎌を構える先輩の目を、私はまっすぐに見据えた。
得物を振りかぶりかけて、先輩はそれに気づいたのだろう、動きを止める。

「先輩……あたし、あなたの『好敵手』なのですね?
これは、あなたの望んだ戦いなのですね?
この戦いは、あなたのものなのですね………他の何者の意図も介在しない、あなたの戦い……そうなんですね。」

「………ソラ………?」

私はゆっくりと、フライパンを取り出した。
「貴様………またそれカ?」
「先輩、あたし、あなたの生き方には賛同できません。
でも、これがあくまでも、先輩が真剣に、ご自分の意志で望まれる戦いであるなら。
正々堂々真正面からお応えするのが、あたしがあなたのご恩に報いる道なんだろうって思います。
からかってるわけじゃ、ありません。
武器にこいつを使うのは………あたしの、あたしなりの、先輩に対して譲れない一線です。」
まっすぐに先輩を見据えて、できる限りはっきりと口にする。

銃と魔法(飛び道具)は、使わない。
先輩が望む戦いは、そんなものじゃないはずだから。
刃物は、使わない。
…………使いたくない。

フライパンをしっかりと構えて、まっすぐに先輩を見た。
極上の微笑みを浮かべてみせる。
どうするべきなのか。ずっと、考えていた。
これでよいのかどうか。正直に言って、わからないのだけど。
わたしにできる、たった一つ。
真正面から。どこまでもまっすぐに。

「キリーク先輩。お手合わせ………お願いします!」

闇。
ロックされた扉のランプや、地面の所々にある小さな溶岩溜まりの赤い輝きが、わずかに光源となっていて。
ハンターズスーツに付けられた非常用光源の光は、わずかに自分の周囲数十センチを照らし出すのみで。
その中で、私と先輩はお互いの武器を打ち合わせる。
受け止め、受け流し。かわして、フェイント。かいくぐるように打ち込んで。
お互いに、深手とはいわないが、あちこちに傷を負いながら。
先輩は、全力を出してはいない。
でももし、対応が誤ったり遅れたりしたら、容赦なく致命打が入るだろう。
私が回避や防御できないほどではないが、受け損ねれば死ぬ。そのギリギリの水準を、彼は見極めている。
おそらくは楽しんでいるのだろう。私の技量を見る事を。
待つつもりなのだと、思う。
私が彼の本気の一打に対応できるようになる日を。
もちろん、今このときでさえ、一瞬でも間違えたら、死ぬ。その自覚と恐怖は、あった。
だけど、先輩そのものは、怖くはなかった。
殺意より、ただこうして武器を合わせる手応えの方を楽しんでいるのを、感じたからだろう。

さあ、どう受け止める、どうかわす?どのように打ち込んでくるのだ、お前は?
俺に見せろ。お前の戦いを。お前の力を。お前の、全てを。

先輩を、感じる。
それに気づいた。
こうして一応……彼がプラックペーパーの仲間とわかっても『一応』か、わたし?……
その認識には内心苦笑しちゃうけれど、ともかくも敵同士として戦っている、その時に。
打ち込みを受け止める腕に。全身の浅手に。こちらの打ち込みを叩き止める武器さばきに。
とても近いところに、彼がいることを感じる。今までで一番、近いところに。

先輩を、感じる。
こんな時だけど、それが、とても嬉しい。
戦っているという認識さえ、私の中からそのとき消えていたのかもしれない。
ただ……打ち込みを受け止め、かわし、受け流す。そして、こちらから打ち込んでゆく。
先輩。
私を感じてくださっていますか?
これが、私です。私の戦いです。感じてください。私の魂を。
気づいてください……………
私の魂は、もう、とっくにあなたのものなんだってことに。
先輩………私は………ソラは、あなたが……………

「ウ…ア…?」

何合打ち合った時か。
先輩の動きが急に停まった。
「先輩!?」
がくり、膝をついて。
両手で頭を抱え込んで。

「……んだ…この感覚……ハ……
頭……ガ……」

ただごとじゃない。
どこかに、故障でも?
「キリーク先輩!!だ、大丈夫ですかっっ!?」
私はアンドロイドの『生理』について詳しくない。
どの程度の期間メンテナンスなしで行動可能なのかとか、よくは知らない。
ただ……以前会ったときからずっと、先輩が洞窟
(ここ)にいたのだとしたら。
背筋をつめたいものが走った。
洞窟内の気温が、エリア2のそれより低くなった錯覚。
氷の固まりが胃の腑にあるような嫌な感覚を覚えながら、うずくまる先輩の元に駆け寄った。
「先輩、先輩っっ!!やだ、しっかりしてくださいっっ!」
半泣きですがりつく。
「せんぱ……」
「……クアアッ……!」
凄まじい力で、突きのけられた。
地熱で灼けた岩に、むき出しの手が触れた。
熱い……けど、そんなこと気にする余裕もなかった。
先輩は、身を翻して、闇の中に姿を消した。
「先輩っっ!!」
私は身を起こして、追いかけた。けれど、既に気配はない。
次の区画に続く扉(ロックに細工があったのだろうか、先輩がいなくなると同時に開いた)を開けて飛び出す。
隣の部屋はそこで行き止まり。
「………!」
引き返して、入ってきた扉からもう一度廊下にとびだす。
携帯端末に反応はない。
深部に向かったと判断して、私は走った。
先輩……先輩!!
転送装置に駆け込む。
ポイゾナスリリー、ギルシャーク。ナノノドラゴ。ああしつこい。急いでるんだってば!

「どけえぇぇっっ!!」

逆上した私は、最大級の範囲魔法で蹴散らしながら先に進む。
次のエリアでなんだかエネミーの他にも何人かのチンピラハンターズが襲いかかってきたが、ンなものに用はない。

「ええぃ、うざったいっ、道をあけろおおっっ!!」

敵もトラップも、立ちふさがるものすべてをテク連射で片っ端から沈黙させて突進。
私が見いだしたいものは、ただあの紫紺のヒューキャストただ一人だけだった。
どれだけ走ったことだろう。
『貴様……アナではないなっ!?』
目の前の扉の向こうから、知らない声がした。そして、悲鳴。
飛び込んだ私が見たのは、地に伏した数人の見慣れぬ男女、そして、スライサー抱えた知り合いのハニュエールだった。

あ……そうだっけ。

私はようやく、本来ここに来た理由を思い出していた。
『来てくれたんですね』と微笑む彼女に内心謝りながら。

クロエに尋ねてみても、結局先輩の消息はわからなかった。
どこに………行ったのだろう。
彼女と別れた後、私はギルドエントランスの大窓から悄然とラグオルを見下ろしていた。
どうしようもない不安と悲しみで、胸を満たしながら。

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