Once upon a time

ラグオルの空は、青くて高い。
僕はパイオニア2の中で“生まれた”から、本星の空を知らないけれど。
遙かな高みから、緑の梢を揺らして、大地を覆う草を揺らして、風が吹きすぎる。
降り注ぐ光が、澄んだせせらぎにはじける。
僕のそばで、小柄なフォマールの女の子が軽く目を閉じて両腕を拡げた。
光と風をその身に受け止めるように。

青空と豊饒の大地を意味する名を持つ、僕が亡くなった『母』の次くらいに大好きな少女。
……といっても、実年齢は僕の方がずっと下なんだけど。

「ソラ姉ちゃん。」
「ん?どした、キリーコ?」

姉ちゃんは深呼吸をやめてこっちを向いた。
紫水晶みたいな深い瞳が、まっすぐ僕を見る。
テクニックでない、彼女の本当の“力”を使うとき、様々な色合いを帯びた銀色に変わる眼。

「姉ちゃんはなぜハンターズになったの?」

考えてみたら、姉ちゃんに一度も訊いたことはなかった。
家族のこと、住んでた場所のこと。
最近まで気づかなかった。
僕は姉ちゃんのことを、殆ど知らなかったってことに。

姉ちゃんは僕の黄色いアイセンサーをじっとみていた。
あとでメモリーを調べたらほんの数秒のことだったけど、そのときはとても長く感じた。
姉ちゃんはちょっと笑って、草の上に腰を下ろした。
手にしてた武器を、優しい手つきでそっと草の上に横たえる。
そして、隣に座るように、僕に身振りで促した。
休憩といっても、実際のところヒューキャストの僕に座って休む必要性はあまりない。
それでも僕が腰を下ろすと、姉ちゃんはどこかここではないところを見るように、遠い目をして話し始めた。

「…… Once upon a time ……」

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昔々、とても昔のこと。ここではない、どこか遠い世界。
とても強い力を持った、一人の魔導士がおりました。
彼は深い深い闇の中で力を蓄えて、ついにはその世界の闇を支配する王の座に着いたのでした。
闇を制した彼が次に考えたこと。
闇の力で、全てを我がモノに。
しかし、そのためにはもっと多くの力と、彼の手足となるものが必要です。
闇の王は、自らが支配する闇に命を与え、たくさんの闇の化身たちを生み出しました。
その日から、世界は光の領域と闇の領域に分かれ、闇のしもべたちは光の世界を荒らし始めたのです。

長い長い時がたちました。
闇の王の傍らには、彼の“息子”とも呼ぶべき、もっとも強く美しい双子の闇の子がおりました。
彼らは王の命令のままに、光の領域、闇の領域を飛び回り、数多くの闇のしもべたちを率いて戦っておりました。
しかし、闇の王子の片割れは、いつしか光の世界の美しさに魅せられていったのです。
彼は闇だけがすべてという王のことばに疑問を持ち、ついにあるとき王のもとを立ち去ってしまいました。
王は大変怒り、残った王子に彼の半身ともいうべき立ち去った王子をとらえさせ、罰を与えました。
〈界の狭間の空虚〉とよばれる恐ろしい場所に、牢屋を作って閉じこめてしまったのです。
全てを奪われた王子―――闇の子は、しかしそれでも諦めませんでした。
長い時をかけて、彼は牢を破り、ついに闇の王のたくらみを叩きつぶしたのです。

そのときから、彼は光の守護者となったのです。
闇より来たりし、光の守護者。



それからも、戦いは長く続きました。
しかし、光を守る闇の子は、いつか一人ではなくなっていました。
闇の軍勢の中から、彼の心に打たれ闇から抜け出す者が現れ始めたのです。
そんなある日、異なる世界から、一人の娘がその世界に導かれて来ました。
伝説の水晶に護られた、緑の瞳の美しい乙女。
闇の子と乙女は運命のように巡り会い、そして恋に落ちました。
やがて、まもなく。
彼らはついに闇の王を討ち果たし、彼ら自身の自由と平和とをつかみ取ったのです。

………それから、数年後。
めでたく結ばれて、仲間たちと共に幸せに暮らす闇の子と水晶の乙女の前に、恐ろしい来訪者が現れました。
最後の戦いで、闇の王と共に滅んだと思われていた、闇の子の片割れ……闇の王子。
彼は自らが闇の王の後継たる事と新たな戦いの始まりを宣告して、立ち去りました。
その日から、彼らはまた光と闇との戦いに身を投じることになったのです。



ある日、闇の子は、仲間と共に光の国のはずれで一人の少女を救いました。
闇の軍勢の手先に命を奪われかけていたその少女は、彼の妻のように、異なる世界の住人―――人の子、でした。
ただ、水晶の加護もなく、自分の意志でもなく界を越えたためでしょうか?
少女は、己の名の他は全てを失っていたのです。
過去のない少女は闇の子の仲間たちに迎え入れられて、皆の妹のように慈しまれて暮らし始めました。

………界を越えたときにその身にかかった“力”のせいでしょう。
少女の瞳は、人の子にはありえない銀のいろをしていました。

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僕は姉ちゃんの眼を見た。
僕は知っている。姉ちゃんの眼。銀色に変わる、眼。

「ソラ……姉ちゃん……?」

姉ちゃんは僕にほんの少し微笑んで、続けた。

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銀の眼の少女は、あるとき魔法の才を見いだされ、闇の子の仲間きっての魔導士の、弟子となりました。
修行に明け暮れる日々の中、少女はある男に出逢いました。
恩人である闇の子の、片割れ。
今は新たなる闇の王として恐れられる男。

双子の兄弟を憎み、その妻をわけあって執拗に狙う彼の目に、少女はどのように映ったのでしょうか。
少女は結局彼の憎しみを買い、生涯消えぬ傷痕をその身に刻まれました。
まるで彼の身に、彼の半身との戦いが刻印した傷のように。
でも………
少女は見てしまったのです。
誰もが恐れる若き闇の王の暗い瞳に隠された、孤独と悲嘆のいろを。

少女は決心しました。
恩人である闇の子と彼の愛する者たちのために。
瞳の奥に悲しみを隠した、彼の半身のために。
少しでも、彼らが真実の幸いに至る為の力になれるように。

―――つよく、なろうと。

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「―――少女は今日も戦っています。
修行のために旅立った、遙か遠い土地の片隅で。
彼女自身の友と、愛する者を見いだしながら。
大切なものを護る力を手にするために、戦い続けています…………」



姉ちゃんはそう言って口をつぐんだ。

風が―――吹く。

僕は何もいえなかった。

梢が揺れて、木漏れ日が揺れる。

「…………!」

思わず僕は、ソラ姉ちゃんの腕をひっつかんでいた。
一瞬、姉ちゃんが、そのまま降り注ぐ光の中に消えてしまうような気がしたんだ。
「キリーコ、痛い。」
「あ、ご、ごめん。
…………姉ちゃん…………行っちゃやだよ。どこかに行っちゃったら、やだよ…………?」

普通なら笑うだろう。
人ならぬものの住まうここでない世界と、そこから来た少女の話なんて。
けど。僕にはわかる。
姉ちゃんは、ほんとのことを話してる。
姉ちゃんは行ってしまう。いつか行ってしまう。
姉ちゃんの話の、どこか遠いところ。姉ちゃんを待ってる誰かのところに。

ここから、いなくなる…………

そのとき。

姉ちゃんは微笑んだ。
僕を見て、優しく笑った。

姉ちゃんが、自分で見つけた友達。
愛する人。
たいせつなもの………

「師匠はさ。餞別がわりにあたしに言ったんだ。
力を持つことだけが強くなることじゃないって。
心鍛えるの、忘れちゃだめだって。
一人で強くなれると思うなって。
本気で生きて、出逢うモノ、出逢うヒト、それから逃げるな、って。
あたしね………あのころ、それ、忘れかけて。知らない場所で、一人でムキになっててさ。
思い出させてくれたの。あなたと………あのひとが。

あのさ、今じゃない。ずっと先じゃないかもしれないけど、今じゃないよ、キリーコ。それに……。」

「うん。」

頷くと、姉ちゃんはもう一度笑った。

「さて、行こうか。夕方までに依頼、片づけなきゃね。」

姉ちゃんは武器を片手に立ちあがる。
気合いを入れるように一度ひゅっ、と振る真紅の鎌。
今はもう、僕は知ってる。
たくさんのいのちを刈り取ってきた、呪われた鎌。
今は姉ちゃんの手の中で、護るべき誰かのために振るわれてる。

贖罪の鎌………
なんとなく、そんな言葉が脳裡をかすめた。

僕はふと、空を見た。
午後の空に、パイオニア2が、衛星軌道を横切る小さな光に見えた。



僕も立ちあがる。
姉ちゃんと同じように、バルディスを軽く一振り。
姉ちゃんに頷いて、一緒に歩き出す。

離れても、たとえ界を隔てても。
絶対消えない、大事なモノ。
それを忘れなければ。
ずっと一緒にいられる、そうだよね、姉ちゃん。



ずっとずっと、そばにいるよ………。

〈FIN〉


あとがき

現在執筆中の〈The soul of the blade〉の後日談つーかサイドストーリー。
ソラちゃんは、当コーナーの人物紹介やらNiGHTSサイドをご覧いただけるとわかりますが、
本来あちら側のキャラクターなのです。
おとぎ話のように語られる“異世界”については、少々説明を要しますが………

“物語”の序盤については〈NiGHTS〉のあらすじということで説明の要はないでしょう。
問題は中〜終盤部分です。
〈NiGHTS〉の海外のファンの方々が作っているサイト(最近は流石に閉鎖したところもあるようですが)
において、幾つかの二次創作小説が掲載されているケースがあります。
その中に、テーブルトークRPGルールを作成し遊んだ結果を基本設定にしたストーリーを発表しているサイトがありまして、
参加者の方々がご自分のオリジナルキャラを絡めてそれぞれに物語を展開しています。
(若干、アメコミ版〈NiGHTS〉の設定を取り入れている傾向も見られます)
“物語”中間部分はその中の、〈MEGARA〉さんのストーリーの概略です。
翻訳ソフトで読んでいるうちに気に入った幾つかのシリーズの一つでして、
ソラちゃんのキャラクターが生まれる直接原動力になりました。
実は筆者はだいぶ前になりますが、この作者の方にメールして、ソラちゃんの話を書くために
設定の一部を使わせて貰う許可をいただいています。
“物語”の終盤がそのあらすじになります。
完成したらお送りする約束なのですが、英文化することを前提に書いているためかなり勝手が違い、
8割(おそらく)くらいのところで詰まっちゃってます(オヒ)。
中高6年間ぶっちぎりで英語赤点記録更新しまくったんだってば、わたしわあああ(滝汗)。

えー、まあ、そんな背景をもって生まれたのが、この小説版において銀に変わる瞳を持ち、
たまにマジものの魔法を使う記憶喪失の少女、異世界からの暴発魔導士ソラちゃんです。
(キャラメイク時に銀眼の顔がなく、一番似ているとおもって選んだ顔が紫の眼をしていたため、
世界を移ると瞳の発色が変化し、魔法を使うときに夢次元での本来の(?)色になるという設定がつきました^^;)
所属チームの隊長さんなど、FENがPSO始める前からソラちゃんの存在をしっている方々もおられますので、
ちょっと彼女のここにいる事情説明もかねた今回のお話でした。

ソラちゃんはいつかここ(ラグオル)を去らねばならない運命をしょっています
(筆者=プレイヤーがゲームをやめる、続けるという意味でなく)。
いつの日か別れの日を迎える定めのチームメイト、親友、(届かなかったけど)初めての恋。
だからこそ、彼女は真剣です。終わりなき日常を彼らと過ごせない事を知っていますから。
所詮かりそめの仲、ゆきずりの関係……そんな風には思わないで。
彼女の〈戻るべき場所〉はいつでも友人たちの中なのですから。

って言っても、彼女がいつか師匠のように自分で次元転移魔法を操れるようになればのーぷろぶれむ、
なんですがね(^^;)


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