『捜し物は何ですか?』PART-2
「泊まって行きたまえよ。」
キリークのメンテナンス終了後、モンタギューの最初の一言はそれだった。
「どこにも異常はなかろう?それに、明日も依頼がある。」
「どうせ帰ったって、エネルギー補給して一晩眠るぐらいしかすることないんだろ?
だったらたまには子供達とすごしてやりたまえ。
『夕食』を一緒に摂って、親子の会話。で、一緒に休養。明日はここから出かければいい。
僕としては、子供達のメンタルケアの観点からこいつは譲れないよ。」
子供達を引き合いに出されては、キリークも弱い。
「ぱぱ、お泊まり?」
部屋の隅で遊んでいた三人が耳ざとく聞きつけ、寄生防具投げ出してすっ飛んでくる。
無論子供らが嫌な訳ではない、どころか一旦受け入れてみれば(あまり態度には出さないとはいえ)それこそ可愛くて仕方ない以上、期待に満ちてきらきらと見つめられては折れるしかないキリーク。
いずれにせよ、どう転んでも泊まる方向にモンタギューが持っていくことは見えている。
「決まりだね。エルノアに支度させとくから、くつろいでいたまえよ。」
にこにこ笑うモンタギューに、われがちにじゃれついてくる子供らを持てあましつつ一応最後の抵抗を試みるキリーク。
「しかしだな、ガキ共の部屋の寝台では俺は寝られんぞ。」
「あ、大丈夫。客間にキングサイズのベッドがあるから。人間用だけど、頑丈だし。」
「………なんでそんなもんがあるんだ、お前の家には。」
「聞きたい?」
何故かアルカイックスマイルを浮かべて問うてくるモンタギューに、触れてはならぬものを感じて首を横に振るキリークだった。
「……でね、そこであっしゅにーちゃんが、かみなりのまほーでね………」
「……あおいフォトンのぶきでさ、ついんぶらんどっていうんだって………」
「……おにーちゃんってさ、ぱぱみたいに強くてかっこいいんだね………」
『夕食』のあと、両側から腕にぶら下がるようにじゃれつきながら口々に今日の『冒険』の話をする子供らと、居住区の廊下を歩くキリーク。
「まあ、あいつもULTエリアに立ち入れるハンターだし、な。」
子供達の評価については言いたいこともなくはないが、キリークに言わせても、今のアッシュは決して駄目なハンターではない。
がむしゃらな性格から来る心理的視野狭窄……要するに周囲の状況判断ができなくなりやすい癖を除けば、そこそこいい部類に入るだろう。
アッシュの最大の不運は、彼を上回るハンターズと係り合いになることが多く、彼らと比較されて低く見られてしまうことにあるようだ。
たとえばキリーク自身や、あのとき遺跡で狂った彼を倒した『あいつ』のように。
余談だが、その『あいつ』が彼を連れ帰ってモンタギューに託したとキリークが知るのは、このもう少し後のことになる。
「お、この部屋だな。」
指示された客間をみつけて、扉を開け………そのまま固まるキリーク。
広めの部屋の真ん中に、精緻な彫刻を施した天蓋と豪華なカーテンつき巨大ベッド。
なにやらど派手なシャンデリア。
毛足の長い絨毯、散らばったクッション。
得体の知れない絵画やら置物。
とどめに、妖しげな紫煙漂う奇怪な香炉。
「………………何だこれは(汗)」
「わあ。すっごいおへや!」
入り口で棒立ちになったキリークを追い越して、子供達が室内に駆け込む。
「ま、まてお前ら!いきなし入るんじゃないっ!!」
遺跡第2層のエネミーの巣と化した区画、通称『エンジンルーム』に突入するのさえためらった覚えのない脚が、今度ばかりは動こうとしない。
「どうしたのぱぱ?」
「きれいなおへやだねー。」
「………こーゆーのは、悪趣味豪華というんだ。何考えてるんだあの男は。」
キリークは、人間ならこめかみのあたりに汗一筋、といった雰囲気で呻く。
「ぱぱあ、このベッド、ふっかふかだよお。」
子供達がよじ登って遊んでいるベッドにゆっくりと近づき、やにわにキリークはソウルイーター(さすがに柄の方)をベッドと床の間につっこんだ。
「いいかげんにしろ、もんたああああああああ!!」
がじょがじょと引っかき回すと、とたんになにかがガサガサガサっと巨大なゴキブリの動きで床を駆け抜け、扉から出ていった。
「……………。」
流石に子供達も黙り込み、室内は異様な沈黙に包まれる。
「ぱぱ………」
「忘れろ。何も見なかった。
すまんが、俺は明日早いのでな。お前らが起きる前にでかけねばならん。さ、寝るぞ。」
最高の絹と羽毛でできた、保温を気にかける必要がほとんどないアンドロイドにとっては無意味なほどの豪華な夜具に大の字に身を投げ出すキリーク。
ふ、と上を見た瞬間、回路保全用のブレイカーが吹っ飛びそうになる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
声にならない悲鳴。
天蓋の縁に手足をつっぱり、ムササビのごとくへばりついてこっちを見下ろすモンタギューの微笑。
「うふふふふふふふふふふふふふふふ(ぼさっ)」
とっさに身をかわしたキリークの、0.5秒まえまでいた場所に、笑いながら落下してくるニューマン科学者。
「お………おのれ妖怪変化ええええ!!」
逆上したキリークは、寝台の脇に立てかけた愛剣ならぬ愛鎌をひっつかみ、思わず本気のエクストラアタックを繰り出す。
必殺の一撃を、物理法則を無視したとしか思えぬ動作でひょいとかわし、モンタギューの笑い声は阿鼻叫喚の客間を逃げ出していった。
「うふふふふ〜〜、ゆ〜っくりおやすみ〜ぃぃぃぃ………」
「ぱぱごわ゛い゛い゛い゛〜〜〜〜〜!!」
「あ………あの人外魔境〜〜〜!」
鎌を投げ出し、泣きわめく子供達を抱き込みながら、今のショックで生体パーツ維持の為の体内酸素分圧が限界まで下がったキリークは肩で息をしながら呪詛の言葉を吐き散らした。
「ねえ、ぱぱ………。」
常夜灯のほおずき色をした僅かな明かりだけの、静かな暗い部屋。
「なんだ、まだ眠ってなかったのか?」
両側に子供達を腕枕のように抱えてやって横たわっていたキリークは、右腕のマイニィに目をやる。
「ぱぱのおしごとの、あるてぃめっとえりあって、あぶないとこなの?」
左腕のイーニィとミーニィも顔を上げる。
「僕らが行けるエリアとは、くらべものにならないって聞いたの。」
「みたこともないえねみーがいっぱいいて、ふつうのぶきじゃやくにたたないこともあるって。」
「確かに、おまえらじゃモスバートン一匹倒せないだろうが、な。
心配しなくていい。………俺は、絶対、生きて戻る。けしてお前らを残しては逝かん。約束する。」
あのとき――――遺跡で、僅かに残された意識で、闇に喰らい尽くされて消えるのだと認識した時の無念、悔恨。
やっとあのとき、自分はたった一度の自分の生と死をただ弄んでいただけだと気づいた。
全てがこの手を離れる瞬間に理解し、もうやり直せぬという思いに味わった身を焦がす苦悩。
そして、自分は、救われた。もう一度生き直せと、与えられた生命と身体。この腕の中のたいせつなもの。
だから。
「ねえ、ぱぱ。」
思いに耽るキリークに、懸命に、すがるように身をすり寄せてきながら、子供達は続ける。
「強いぶき、って、あったらいいとおもう?」
「まあ、ちとこれまでの武装が心許ないと思うこともないではないがな。
心配はいらん。さあ、早く休め。明日寝坊するぞ。」
キリークの完成した『大人』のAIと違って、彼らの未完成のAIは、電子頭脳の情報整理にかなり長い時間を要する。
素直に頷いて、静かになる子供達。
彼らを、それまで自分にあると思ってさえいなかった愛情を込めて見やり、キリークもゆっくりと視界を閉じた。
数日後。
キリークは調査依頼を完了してギルドに報告を済ませ、消耗品の補充にショップに向かった。
「よお旦那。最近頑張ってるそうだな?」
彼が復帰して以来、多少は他人と組んだりもするようになってきた関係上、友人とまではいかずともある程度会話の成立する人物もいる。
このレイマーもその一人だった。
「まあ、ちょっとな。」
あたらずさわらずの返事を返す。
いずれそのうち、子供達が自分と暮らす日が来るはずで、そのための準備ができるようにしておきたい、態度にも出さず自覚もないがすっかり父性に目覚めているキリークだったりする。
「お前は何をやってるんだ。最近みかけんが?」
「いやあ、例のアレさ。総督府主催の。」
「ああ、シミュレーターか?」
正直言って、キリークはこれに興味は全くない。
所詮、絵空事。バーチャルエネミー何匹叩っ斬っても実戦の手応えには及ばない、というのが彼の考えだった。
「結構さかってるんだぜ。あんたもいっぺん見てくりゃいいのによ。
おれっちもマキシマムに挑戦してみたんだけどさ、協賛の『ウェポンズ』が景品にくれる武器ってのがこれまた……ああ、自分で見てみた方がおもしろいわな。
なんだったら余ったバッジ、回すぜ?」
「いらん。」
ぶっきらぼうに返すキリークに、すこし鼻白むレイマー。
「まあ、あんたじゃそう言うかともおもったけどさ(苦笑)。
まあいいや。マグ餌やりのお駄賃にでもするか。」
「?なんだそれは。」
「ああ、最近、シミュレーターエリアでバッジ稼ぎしてるチビロボ兄弟がいるって話なんだよ。
お使いやら荷物番やら、シミュレーターに入ってる奴の余分なマグにその間餌やって育てるバイトやらやって、余ったバッジを貰ってるんだとさ。
自分たちじゃ景品のもらえるランクに入れないんで、苦肉の策ってやつだろうな。
しかしよ、そこまでしてまだ自分で使えねえ武器もらってどう……
アレ?キリーク?おおい旦那、どこにいくんだよ?」
男が差し出す両手の中に、じゃらじゃらと赤銅色のバッジが降り注ぐ。
「……25、26、27っと。よおし、規定の数集めてきたな。よくやった、頑張ったな坊主ども。」
食い入るように男の手元を見つめていた三人は、ほっとしたようにお互いを見た。
「さあて、じゃ、約束のモンだ。大事に使えよ。」
「ありがと、おぢちゃん!」
男が渡してくる包みを、小さな手がしっかり掴む。
「おまえたち!!」
険しい声に、三人はびくっとして振り向いた。
「ぱ……ぱぱ!」
「何をしている。」
怒りを押し殺した低い声。今まで決して彼らに向けたことのない険しい眼差しで、キリークは息子達を睨みつけていた。
「あ、あのね、ぼくたち………」
ばん!ばん!ばんっ!
言い終わらぬうちに、大きな平手がキリークそっくりの金属の顔をひっぱたいた。
「馬鹿者!話はきいたぞ。お前達、恥を知れ!
自力でできないからと言って、他人の努力のおこぼれをねだり取るとは何事だ!!
しかもまだ使えもしない、分不相応な武器など………俺はそんなことをお前らに教えた覚えはないぞ。
愚かな了見を起こす知恵があるなら、きっちり強くなって自力でやり遂げる事を考えんか!」
烈火のごとく怒鳴り散らすキリークに、往来のハンターズが驚いて足を止める。
「う………うっ………うわああああああああんんん!!!」
一斉に泣きわめき出すイーニィ、ミーニィ、マイニィ。
「………っ………な、泣いてもだめだ!」
キリークは拳を握りしめて、背を向ける。
「その武器は返却しろ。バッジは元の持ち主に返してこい!それまでは………ち、父とは、呼ばせん!」
きしむほど握りしめた拳が、細かく震える。
だが、ここで甘い顔を見せては、子供達にけじめがつかない。
DFの精神侵蝕に抵抗するのに劣らぬ苦痛に、キリークは愛児たちに背を向けて耐えていた。
「ちょ、ちょっと旦那。訳ぐらいきいてやってもいいんじゃないか?」
あっけにとられていたウェポンズの男が、ようやく我に返って助け船を出す。
「先だって、この坊主たち………失礼、あんたの子供か。お子さん達が随分がっかりしてシミュレーターから出てきてよ。
何でもまだNランクレベルで、どのシミュレーションコースでも景品もらえねえってんだよ。
普通なら、ンなことこっちの知ったことじゃねえ。
けどよ。よくよく聞いて見りゃ、危険なULTエリアに探索に行く親父さんの為に強い武器が欲しい、ってじゃねえか。
泣かせるねえ、親孝行してえってんだよ。今時そういないぜ、こんないい子供たちはよお。
で、俺ァ言ってやったのさ。
本来なら、ウェポンズの武器は、自力で取れる奴でないと渡すわけにはいかねえ。
けど、お前らの親父さん思いに免じて、もらいモンでもいいから規定数集めてこい、ってな。
で、こいつら、ちゃーんと働いて、報酬にバッジもらって今日きっちり銅で27個揃えてきやがったんだぜ。
別に盗んだわけでもちゃっかしねだり取ったわけでもねえ。正当な手段で手に入れたんだ。
あんたも親だ、てんなら、子供の言い分ぐらいは聞いてやれよ!」
愕然と振り返るキリーク。
「………………………本当か?俺の………………為に?」
涙は出ないが、それでも泣きじゃくりながら頷く子供達。
「うん………強いぶきがあれば、ちょっとでも、あぶなくないとおもったの………………」
「僕たちまだついてけないから………だから、いいぶきを僕らのかわりにっておもって………。ぱぱ、ごめんなさああい………!」
子供達に出逢って、愛する喜びを知った。
そして今、この子たちは俺に愛される幸せをくれようと言うのか。
この俺に。
「…………済まん……………」
気づいたとき、キリークは、跪いて子供達を抱きしめていた。
「お前達、俺のことをそこまで………ッ!」
彼は涙を流すどころか『泣き声』を出す機能すら持っていない。
にもかかわらず、どこか嗚咽に似て声が震える。
「ぱぱ…………ぱぱぁ………………!」
「済まなんだ。済まなんだ、お前達………………!」
「あー、おほん。で、武器は受け取って貰えるのかな?」
おいてかれたウェポンズの咳払いで、ようやく我に返るヒューキャスト親子。
見回すと、通行人たちも一様に笑いをこらえながら彼らを見ている。
イーニィが恥ずかしそうに、すぐそばの床に転がった包みを拾い上げて持ってきた。
「使う。使わせてもらうとも。たとえ釘バットでも、いや、薪ざっぽうでも、喜んで使わせてもらうぞっっ!!」
吼えるように断言して、包みを引きはがすキリーク。
「………………………………。」
出てきた物体をしばらく見つめたあと、ぎぎいっ、とぎこちなく首を回して、ウェポンズ、そして子供達に眼を移す。
「ぱぱ、きにいってくれた?つかってくれる?」
きらきらと、期待に満ちて見上げる最愛の息子達の六つの瞳。
「お……男に二言はないッ!」
周囲全ての注目を浴びながら、キリークは子供達の愛情の証を振りかざしてみせた。
それからのラグオルULTエリアでは、ほとんどヤケクソでカメレオンサイズを振り回す紫紺のヒューキャストがしばしば目撃される、という。
おしまい。
あとがき。
前回の作品、結構ウケがよかったようなのですが、チームメイトやら友人からも「続編を書け!」的ご意見をいただいてしまいました。
あの時点ではアッシュ君との出逢い、洞窟冒険などの断片的モチーフしかなく、執筆は無理と思っていたのですが、オンラインのチャットでキリークさんにS武器、またはクエスト武器をとってくる、というネタを授かってしまいました。
さらに、キリークさんの子供達とのお泊まり、というエピソードのかけらから、モンタギューの変態的冗談をふくらませてくれた某別集団の友人もいたりして。
彼らがいなかったら、この話はできなかったです。マジに。
持つべきは友人、と、今痛感しておりますハイ。
第3話は本当に当分無理と思いますが………………
覚えていてくださったら、気長にまってて下さいませ。