『恐らくはそれさえも平穏な日々』 PART-2


「むっ……うーん………」
 視界が開けると、見慣れたラボの天井が見えた。
 起きあがろうとしたが、自律モードになっていないらしく、身体が動かない。
「やあ、おはよう。まったく、無茶したもんだ。とりあえず調整はほぼ完了したからね。」
 その声で、ようやく昨夜の記憶が戻ってくる。
「!!モンタギュ〜〜〜〜!子供がッ、子供達がアア〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
「やかまし落ち着け」

 ゑり。

「ぐか。」
 妙な呻き声を上げて沈黙するキリークの顔面から、壊れた工具箱が転げ落ちる。
 ニューマンの科学者は溜息をついて、床に散らばった工具類を拾い集め始めた。
「少しクールダウンしたらどうだい?大人げなさすぎだよ、キリーク。」
「む……むう……子供たちは?」
「忘れたの?オズワルドの依頼を受けることになってたろ。とっくに出かけてるよ。」
「…………」
「誤解しないように。僕とあの子(『後輩』)で説得して行かせんだ。
 今後もハンターズとして身を立てて行くなら、依頼人との信用を築く意味でも大事な時期なんだからね。」
「あいつらは……」
「事情は聞いたよ。」
 モンタギューは拾い終わった工具をまとめて無造作に箱に投げ込む。
「反抗期とか君に反感持ったとか言うんじゃないだろ。『約束したから、話せない』んだよね。
 自我がしっかりして、責任感が伸びているから、言えることだよ。
 成長してきたものじゃないか、パパ?」
 振り向いて、ウインク一つ。
「う………む……」
キリークの声音に複雑な感情がにじむ。
「心配するなよ、君は愛されてるさ。
 あの子達、今日の依頼をキャンセルして君についている、って言い出したくらいなんだからね。
 むしろ君こそ馬鹿な真似をしてよけいな心配させないよーに。わかってるのかい?」
「あうっ。」
「さて、ついでに思考プログラムのチェックとデフラグもしておこう。そのまま寝ていたまえ、ちょっと時間がかかるからね。」



 同時刻、ラグオル洞窟第1エリア。

 イーニィのなぎ払ったパルチザンのフォトン刃が、ポイゾナスリリーの花弁をまとめて叩き散らす。
「よーし、このへやはかたづいた。ミーニィ、マイニィ、鉱石はある?」
「んー、どうもそれらしいモノはないねえ。マイニィ、そっちはなにかあった?」
 言いながらミーニィが、そこまでで集めた鉱石のケースを担ぎなおす。
「……………」
「どうしたの?」
「うん……ぱぱ、悲しそうだったよね。」
 マイニィは覇気のない声で呟いて、肩の上の、ネズミをデフォルメしたような白いマグに触れる。
「どうしよう、イーニィ、ミーニィ。やっぱりぱぱには、言ったほうがいいのかな。」
「うーん……でも、やくそくしたもの。おしえないって。おしえると、やくそくやぶっちゃうよ。」
「そうだよ、マイニィ。うん……でも、そう、ぱぱ、ショックだったみたいだしね。どうしよう。」
 熱気の立ちこめる洞窟の中で、約束と父への思慕との板挟みになって悩む子供達。
 その時。

「きゃああああっっ!!」

「ひめいだっ!」
「おんなの子の声だよ!」
「あっちだ、行こう!」

 慌てて駆け出す三人のチビヒューキャスト。
 通路に飛び出し、プレストラップをやり過ごして駆け込んだ部屋で、赤い服の小柄なフォマールがシャークの群れに取り囲まれていた。
「たすけなきゃ!」
「まかせて!ミーニィ、トラップを。マイニィ、あの子を!」
 イーニィがパルチザン片手に雄叫びを上げて突っ込んでいく。向き直ったシャークが彼の方に鎌状肢を振りあげるすきに、回り込んだマイニィがフォマールにタックルをかけるような勢いで引き離す。
 二人が距離を取ったのを見定めて、ミーニィがコンフューズトラップを投げつけた。
 フォマールと一緒に地面に転がりながら、体をひねったマイニィが銃でそれを撃ち抜く。
 爆発したトラップから拡散した特殊フォトンの粒子が、エネミーの群れに降り注いだ。
 一瞬硬直したシャークたちは、方向感覚と視野を狂わされ、でたらめな方向に彷徨い歩きつつ手当たり次第に動くモノに刃物のような腕を振り下ろし始める。
「いっけええーーー!!」
 イーニィのパルチザンとミーニィのブレイドが輝くフォトン刃をひらめかせ、シャークたちを薙ぎ倒していく。
「おねえちゃん、こっちに!」
 立ちあがったマイニィは怪我をしているらしいフォマールの手を掴み、安全地帯に向かって駆ける。
 その足が、いきなり何かに掬われた。
「わっ!?」
 転倒しつつも少女をかばったマイニィの見上げる頭上に、ポイゾナスリリーが巨大な花弁をうねらせていた。
「!!」
 咄嗟に体を入れ替えて、少女の盾になるマイニィ。直後にその背中に、硬質な黄色の嘴状の花弁が一直線に振り下ろされた。

 ぎいいん!!

「あうっ!」
「わあ、マイニィ!!」
 慌てた兄二人が最後のシャークを斬り倒し、彼らの方に駆けてくる。
 しかし、リリーがもう一度嘴を振りかざす方が圧倒的に早かった。
「わああああ!!」
「マイニィッッ!!」
 マイニィにかばわれたフォマールが、リリーに向かって手を振り上げる。

「ギバータ!!」

 彼女の発動させたテクニックが、ぎりぎりのタイミングで変異植物を氷の中に閉じこめた。



「ありがとう、助かったわ。」
 言いながら、少女が自分込みでマイニィにレスタをかけてくれる。
「間に合ってよかったね。……おねえちゃん、こんなとこでひとりで何してたの?」
「うん……ハンターズの修行。
 パパもママも、執事のブラントも死んじゃったから、自分で生きていく為には、強くならなくちゃいけないもの。」
「死ん……じゃった!?」
「うん。パパとママは、パイオニア1に乗ってたの。
 ブラントは、パパとママを探しに行って、この洞窟……次のエリアでエネミーに殺されちゃった。遺体も見つからなかったわ。」
 悲しそうな目をする少女。
「パパとママはお仕事が忙しくて、本星にいた頃からずーっとすれ違い。私をおいて先にラグオルに行っちゃって……
 私のことなんてどうでもいいんだ、って思ってた。
 でも、そうじゃなかったの。パパもママも、私のこと、とっても愛してくれていたんだ、って、ブラントはメッセージを遺してくれたわ。
 ちゃんと会って、いっぱいお話をしたかった。ごめんね、って言って、いろんな気持ちのすれ違いを直したかったわ。」
 顔を見合わせる三つ子の兄弟。
 ただならぬ雰囲気に、少女は怪訝そうに彼らを見る。
「どうしたの?」
 答えず、マイニィが立ちあがる。
「帰ろうよ!」
「うん、帰ろう。ちゃんとぱぱと話そうよ。ジジョウ(事情)をいえないのは、わけがあるんだ、って、ちゃんとせつめいしなくっちゃ!」
「あなた達、お父さんがいるの?」
 驚くフォマールの少女。
「なにか行き違いがあるのね。なら、すぐ行ってあげなきゃ。私みたいに後悔しないように!
 気まずいなら私も一緒にいってあげる。さ、これ、使って!」
 言うなり、少女はパイオニア2へのテレポートゲートを立ちあげた。



「さて、これでメンテナンス完了だ。今自律モードに戻すからね、キリーク。」
 言いながら、モンタギューは様々な装置のコンソールに指を走らせる。
「そろそろ子供達も戻ってくるんじゃないかな。
 ………あ、そうそう。子供達といえば。」
 ちょいと別の装置に手を伸ばし、モニターに何やら複雑そうなデータを呼び出す。
「先日のメンテの時採取したAIの成長データなんだけどね。分析の結果、かなり成長と安定が進んできているようだね。
 もう頻繁な微調整の必要もなさそうだ。」
「……どういう意味だ、モンタギュー?」
 作業ベッドの上から動かせる首だけモンタギューの方に向け、キリークが問う。
「だからさ、もうじきここで暮らさなくてもやっていけるようになる、ってこと。
 もうすぐ一緒に暮らせるよ、ぱぱ。」
 一瞬、キリークの反応が止まる。
「………そうか……そう、なのか。一緒に……そうか。」
 その言葉を反芻するように繰り返し、キリークは頷く。
 その様子を見やるモンタギューの瞳に、嬉しそうな、イタズラっぽい輝きが浮かんだ。
「キリーク、嬉しいかい?」
 言いながら歩み寄る。
「ああ、嬉しい。ずっと、そうなる日が来るのを心待ちにしていたんだ。」
 素直に応じるキリーク。
「そうか。ねえ、キリーク。」
 モンタギューの手が、ベッドの上のアンドロイドの顎
(おとがい)を軽くつまんだ。
「?」
「君は………最近、かわいくなったね。」
 そういうモンタギューの顔がキリークの顔に近づいて来たのは彼の見間違いではあるまい。
 冗談なのはわかっている。とはいえ、冗談であっさりシャレにならない真似をしかねない男だ、ということも、わかりすぎるくらいわかっている。
「ちょ…ちょっとまて、モンタギュー……」

「ぱぱただいまー!!」
「博士ぇ、お客様ですの………?」
「お邪魔します………あら?」
「モンタギュー博士、今日こそインタビューに………っ!?」

 絶妙のタイミングでわらわらやってきた子供達とエルノア、フォースの少女、そしてなぜか同行してきたノル・リネイル。

「……………………」

 真っ白な一瞬の沈黙。
 それをうち破ったのは、ノルだった。

「スクープよおおお!!」
「ちょっとまてえええええ!」←キリークの絶叫
「はかせ、ぱぱとなにしてたの?」
「ん?……ウフフ……… ひ・み・つ♪」
「事態を混乱に導くな、もんたあああああああ!!!」←キリーク魂の叫び



 そして30分後。

「まったく、一時はどうなるかと思ったぞ。」
 応接間のソファにめりこんでぼやくキリーク。
「せっかくスクープだとおもったのになー。あーん、残念。」
「なにを期待している、なにを。」
 心底本気で残念がるノルに、とりあえずツッコミなどいれつつ、子供達が連れてきた少女に目を向ける。
「子供達が世話になったようだな、礼を言う。俺は……まあ、もう知ってるかもしれんが、改めて自己紹介させてもらう、キリークだ。」
「マァサ・グレイブです。宜しくお願いします。」
 礼儀正しくお辞儀をする少女。
「グレイブ……というと、グレイブ博士夫妻のご息女か?」
「両親をご存じなのですか?」
 マァサが目を見はる。
「まあ……昔、一、二度面識がある、程度だ。あちらは俺のことなど憶えていたかもわからんがな。」
 さすがに『本当のこと』は言えない。
「そうですか……」
「お茶がはいりましたぁ。」
 言いながらエルノアが、大きなトレイに紅茶やオイルのカップ、ケーキの皿などを満載して持ってきた。
「よーしよし、さあみんな、お茶にしようじゃないか?」
 自分のカップと皿を取りつつ、モンタギューが皆に紅茶を勧める。
「きょうのお茶菓子はぁ、『ナウラ』のケーキですぅ。」



「あのね、ぱぱ。」
 『ひとくち』飲んだオイルのカップをテーブルに置いて、イーニィが改まった口調でキリークを見る。
「ん?」
 ミーニィとマイニィもカップをおろす。
「きのうの、このマグのことなんだけどね、ぼくたち……」
「もういい、気にするな。」
「ぱぱ?」
「ちゃんと言えない事情があって、『言えない』と言ったんだろう?
 だから、もういい。
 誰に貰ったか知らないが、ナイショの約束なのだろう?だから、言わなくていい。
 俺も、もう詮索しない。取り乱して、悪かった。」
 子供達に向かって、キリークは頭を下げた。
「ぱぱ……!」
「冷徹と名高いトップハンター・キリークの意外な一面!レポートしがいがありそうだわ〜〜!」
 紅茶のカップ片手に、ノルが瞳を輝かせる。
「モンタギュー博士に、子供さんたちの取材許可をもらうつもりで押し掛けてきたんだけど。
 ねえ、よかったらしばらく密着取材させていただけません?」
「おひ。」
 閉口した口調でレポーターを見やるキリーク。
「お子さん達の取材は諦めてもいいですから。いかが?」
「キリーク、この際諦めて受けてあげたらどうだい?」
 モンタギューが笑う。
「この子、何かレポートのネタを拾うまでは諦めそうもないよ。
 勝手に妙なスクープをされるよりは、同行させて取材させてあげた方がいいと思うよ。」
「あ、そうか。さっきの特ダネもあったっけ。」
「やめやめやめッッ!!」
 大慌てで遮るキリーク。
「やむをえん、取材許可はくれてやる。ただし、ついてこれなくても俺はしらんぞ。
 それでもよければ、勝手にしろ。」


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