DRAGON SOUL


 パイオニア2とラグオルを結ぶ転送装置。
 現在の所、この装置による転送にはある一定の条件が存在している。
『使用者が未到達のエリアへの転送はできない』ということだ。
 ラグオル地表部の『爆発』以降、無人探査装置は投下のたびに原因不明のトラブルを起こし、ほぼ例外なく地表に到達できない。
 わずか数台、セントラルドーム周囲の森林地帯に着地できた探査装置が送ってきたデータを元に、
パイオニア2ハンターズエリアの転送装置にプログラムした幾つかの座標だけが事実上の転送ポイントになっている。
 それ以降の転送ポイントには、一旦自力で到達しなければならない。
 エリア最終地点と次のエリアの出発点、双方の主転送装置に通過者の生体パターンを登録、
同時に通過者の携帯端末にも通過許可コードをダウンロードする必要があるからだ。
 現在発見されている地下大洞窟には人の手……発掘調査が入った形跡があり、おそらく何らかのトップシークレット
―――パイオニア1のどの部門での? 軍部? ラボ? いったい何を調べていた?―――
だったのだろうと推測されている。そのためのセキュリティだろう。
 おまけにプログラムにバグが発生しているのか、エリアのブロック同士を結ぶ複数のサブ転送装置は、
転送コードが毎度ランダムに変更されるようになってしまっている。
一旦場所を特定してもしばらくするとパイオニア2から直接転送できなくなってしまうのだ。
 結果、探索は必ず、該当区域の、便宜上エリア1と名付けられた地域を最初から回らねばならない。

 
『地下洞窟に降りる、ってこと自体は今はもう簡単なんだけどね。
先に行けるようになった人に『同伴』を頼めばいい。
 ただ、それじゃ本格的な探索なんてできっこないし。
 第一、自力で進めなくちゃハンターズとしてやっていけない。
それと……ちょっと確かめたいこともあるんだ』



 転送装置から濡れた地面に足を踏み出す。
 首を巡らすと、そぼ降る雨の向こうに灰色にけむるセントラルドーム。
 結局、未だに生存者は見つかっていない。
 視線を戻すと、少し先の岩壁に張り付くようにしてエアバイクが転がっていた。
 ここに限らず、探索中何度かこういった大破車両を見かけたことがある。
 そういえば―――どれも一様に―――奇妙な壊れ方をしていたっけ。
 まるで運転中に、操縦者がブレーキをかけずに飛び降りたかのような。

 僕のママ―――アシハ博士が構築し僕に与えてくれた並列思考アルゴリズムに何か奇妙なひっかかり
―――たとえるなら小石に躓いたような―――
を感じた。
 快適な感情じゃない。むしろ、正体不明の不安、だ。

「キリーコ?」
 見下ろすと、紫水晶の瞳がいぶかしげに僕を見上げていた。
 戸惑いながら僕が今感じたことを口に出すと、ソラ姉ちゃんも少し眉をひそめて頷いた。
「ドームを放棄して消えた住人。
 操縦を放棄していなくなった搭乗者。……か。
 妙な符合だよね。あたしも……気持ち悪いんだ、実は。
 コンピューターに残ったログも爆発の時刻ぴったしで全てのアクセスが停止してたそうだし。
 まるでその瞬間に………」
 言いかけて口をつぐみ、姉ちゃんは首を振った。
「まさかね。さ、行こう」



 細かな雨粒が、僕の装甲に降りかかる。
 半歩くらい後を進むソラ姉ちゃんの青いフォース用防護服も、青い帽子から覗く麦わら色の髪の先も。
雫を落とすほどではないけどしっとり濡れた光沢をたたえていた。
「寒くない?」
 僕は平気だけど、姉ちゃんは生身のヒューマンだし。
「ハンタースーツってのは防水・蒸散性を兼ね備えてるからね。濡れるのは顔と手だけ。
ちょっと冷たいけど、そんなに不快じゃないよ。
 それより周囲に気を配って。
 ―――来るよ、エネミーだ!」
 姉ちゃんの警告とほぼ同時、携帯端末のレーダーに複数の光点が一斉に点る。
 次の瞬間、サベージウルフとバーベラスウルフの群れが一斉に茂みから飛び出してきた。
「シフタ!」

 
ウォンッ!

 姉ちゃんの短いテクニック発現コマンドと同時に独特の輝きが僕らの周囲で瞬いた。
 間髪入れずにデバンドの発動。
 飛びかかってくるウルフにむかってシャドウナイフを振り抜く。
 +3研磨相当の鋭いフォトン刃が、テクニックの支援もあって堅い鱗をあっさりと切り裂いた。
 背中を向けた僕に、周囲を巡っていたもう一頭が飛びかかってくる。
「ゾンデ!」
 間に割り込むように飛び込んできたソラ姉ちゃんの雷撃テクニックが、そいつの体に収束した。
 姉ちゃんをかばうように体を入れ替えてシャドウナイフ一閃。
 くずおれるサベージウルフを飛び越えて襲いかかってきたバーベラスウルフの眉間に、
僕の腕をかいくぐるように姉ちゃんが放ったオートガンのフォトン弾が食い込んだ。
 
「ふう……」
 大きく息をついてから、ソラ姉ちゃんは顔をしかめた。
 血のにおいをまともに吸い込んだのだろう。
 僕自身もう何度も繰り返した感覚だけど、やっぱり慣れる、ってことはないみたいだ。
 キリークさんは……平気、なんだろうなー。
「慣れちゃ、いけないんだよね」
 僕の思いを読んだかのように、姉ちゃんがぽつりと呟いた。
「あたしも、貴方も。強くなるために、目的のために、あえて戦いに身を投じた」
僕に、そして自分自身に言い聞かせるように。
「戦い方
(ノウハウ)を学び、身につけ、必要なら相手を殺す選択肢が選べて、
ためらわずに動けるようにならなければならないんだ、あたしたちは。
 相手は遺伝子レベルで凶暴化してる。本来の生物のあり方さえ超えて、殺すためにだけ襲ってくる。
でも―――」
頬にはりついた髪の毛をぬぐうように払い、指についてきた返り血の飛沫をじっと見て。
「それでも。この光景を、何とも思わなくなっちゃ……いけないと、おもう」
僕を見上げる瞳は、強い光と、どこかぬぐいきれない寂しげな表情をたたえていた。



 一緒に戦っていて、気づいたことがある。
 ソラ姉ちゃんのハンターズ認定レベルは僕よりある程度高い。
 とはいえ、コーラル本星当時にハンターズとして戦っていた、という雰囲気じゃない。
 おそらく僕と同じ、いわゆるラグオルデビュー組だろう。
 ただ―――
 姉ちゃん自身に自覚はないのかもしれないけど。
僕らアンドロイドより心理葛藤を制御する能力が低い人間で、しかもハンターズとして日が浅いわりには、
戦うことに抵抗が少ないようにみえるんだ。
 訓練で相手にするバーチャルエネミーと、実際のクリーチャーはやっぱり違う。
 どんなによくできたシミュレーターでも、生き物を殺している実感の再現は不可能だ。
 ラグオル組のハンターズで、これに耐えきれずあるいは対応できずに探索を降りる、降りざるを得なくなる者がいる、というケースを、
登録して日の浅い僕でさえ幾つか知っている。
 僕がハンターズ登録を決めた頃、すでに凶悪なクリーチャーの存在はギルドや総督府に報告されていた。
 登録の際、探索においてこれらのエネミーとの戦いが避けられないことも説明された。
 それでも僕は登録を取り下げなかった。
 知りたかったから。
 ママが結局見られなかったこの星で、一対何があったのか。
 真実を知らないままに、しておきたくなかったから。
 この選択は、同時に。
真実を得るために、幾千のエネミー―――生き物―――の命を奪って、返り血まみれになって。
その果てに答えを見いだせるかもわからない、ゴールに行き着ける保証もない賭けでもあったけど。
それでも。
他に道はない、そう思ったから。
ぼくは、ここにいる。
「あたしは」
 唐突なソラ姉ちゃんの声が、僕を現実に引き戻す。
 いけない、今、周囲の状況分析をしていなかった。
「したいことが―――やらなきゃならないことがあってさ。
そのために、強くなるために、ハンターズになったの」
 歩きながら、どこか遠いところを、でも、さまようことなく見据える視線。
「生身の生物は、他の犠牲なしには生きていけない。他の生き物の命を糧にしなければ生きられない。
直接であれ、間接であれ。全ての生き物の手は、生き物であるそれだけで、血まみれで。
もちろんそれは、業
(カルマ)であっても、罪じゃない。
でもさ。
強くなるためにこの道を選んで修行する、ってことは。
強さを得るためだけに、いくつともしれない生き物の―――命を奪って、返り血にまみれて進むってことで。
 だから、せめて。
生き物を殺すことの痛みを、背負っていかなくちゃ、って思うの」
 

 ああ、そうか。  
これが、覚悟、ってことの意味なんだ。



 エネミー、と呼ばれるラグオルの凶暴化したクリーチャーたちにも、一応なわばりとでも言うようなものがあるらしい。
 そういった行動範囲の隙間になるのだろうか。
この森の中にも幾つか、全くと言っていいほど奴らが現れないポイントが存在している。
パイオニア1入植記念碑だという茶色の柱の周辺もその一つだ。
僕が柱の根本に腰を下ろすと、ソラ姉ちゃんは難しい表情
(かお)で上の方に刻まれたレリーフを見上げた。
「? どうしたの?」
「……いや……うん。………ちょっと、ね」
 なにか振り払うように軽く首を振って、僕の側にかがみ込む。
 少し前の戦いで、装甲
(アーマー)に覆われていない二の腕と脇腹の一部をジゴブーマの爪に切り裂かれていた。
 姉ちゃんは僕の傷に手を当てて、レスタの発動コマンドを詠唱する。
 フォトンが治癒の力に変換されるときの緑の輝きが、姉ちゃんを中心にぱあっと拡がり、ぎりぎりで僕を包み込んで、消える。
 傷跡はきれいに修復されていた。
「自分でかけといて何だけど……どういう理屈なんだろネ、レスタって」
 言いながらちょっと笑って、姉ちゃんはフルイドのアンプルを切った。

 そういえば………

「姉ちゃん」
「ん?」
「姉ちゃんのテクニックって、認定レベルより少し高くない?」
 僕は専門外なわけだけど。
 確か、テクニックディスクは本人の『精神力』、TPと呼ばれるポイントに応じて使用できるレベルが決まっていたはずだ。
 姉ちゃんのテクニックのいくつかは、明らかに認定レベル相当のTPで覚えられる水準を超えている。
 マテリアル、と呼ばれる一種のドーピング物質の存在は僕も知っているけれど、
非常に希少なものだし、パイオニア2ではまず出回っていないはずだ。
 僕もまだ現物にお目にかかったことはない。
ラグオル以前からハンターズをやってるという先輩たちから聞いたことがある、ぐらいだ。
 あと考えられるのは……マグの精神力補正がよほど高いのだろうか。
「ねえ、マグ、見せてくれる?」
 僕の言葉に気軽な態度で装備解除して渡された青いマグ。
 携帯端末経由で、そのパラメータを確認してみる。
「………何だこれ!?」
 MIND数値がほとんどついてない。POWER数値ばっかり突出してる。
「いや、探索中にフルイドあげる余裕がなくってさー。
 レスタ使えるとメイト余るんで、そっちをあげてたらこうなっちゃった」
「どうやって高めのテク覚えたの!」
「高MINDマグ持ってる友達に、覚えるときだけ借りた。
 ちょっとやりすぎちゃってさ、本来の精神力で詠唱するから消費比率がキツくてねー。
 フルイド消費激しいこと」
 脳天気に笑いながら結構シャレになってない事を言う姉ちゃん。
「………無謀?」
「はっはっは」
「笑い事かーい!」
 思わずツッコンだりして。
「そういうキリーコこそ。なんでまるきり必要ないMIND、マグに割り振ってあるの?」
 預かったマグの代わりにとりあえず渡した僕のマグを確認しながら、姉ちゃんのツッコミ返しがきた。
 僕の場合は姉ちゃんと逆で。
 探索中に拾った、僕には全く必要ないフルイドを、ついマグに与えてしまったんだ。
 お互いに顔を見合わせて。
 それから、同時に笑い出してしまった。
 どうやら僕らは、変なところで似たもの同士なんだろう。
「姉ちゃん。このマグ、僕にくれない?」
「………いいよ。交換しようか」
 姉ちゃんは僕の手の中の青いマグを、なごりを惜しむように優しく撫でてやった。
「あたしが一緒じゃないとき。キリーコの力になってやるんだぞ。頼んだよ」
 僕も、姉ちゃんの手にいる紫のマグをつついてやる。
「頼んだぞ。姉ちゃんを、助けてやってくれよ」
 

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