HALF OF BEAN-2

 何も見えない。
 何も聞こえない。
 何も感じない。
 墜ちてゆく感覚さえいつしか消えて………
 〈彼〉は考えることもやめていた。
 ただ……そこに、あるだけ。

 
《………ア………ラ……………》

(だれ…………だ)

《…リ……ア……》

(だれだ………わたしを……呼ぶのは)

《…リアラ…》

(ああ………眠らせてくれ)
《リアラ》
(眠りたい…)
「リアラ!」
 突然、リアラは気づいた。
 自分を呼ぶ、懐かしい声。認識し、思考している自分。
 懐かしい………?
 どれほどの間、思考することをやめていたのか。
 〈彼〉の主観において、本当に久しぶりに〈彼〉は自分の〈身体〉そして自分自身を意識していた。
 〈彼〉は目をこじ開けた。
 その瞳に映ったもの。

「ああ…やっと見つけた」
 微笑みかける、整った顔立ち。
 リアラの肩を掴む、あたたかい手。
 穏やかな、深く澄んだ紫水晶の瞳。
「ナイツ!?」
「何やってるんだ、お前……どこまで墜ちる気だよ?」
「な……何故!?」
 何故ここに?何のために?何故…なぜ、おまえが?
 リアラは完全に混乱していた。
「何故って……?探しに来る以外に、無の境界
(こんなとこ)まで来るか?」
 さも意外そうに言うナイツ。
 〈彼〉の手はリアラの腕に触れてはなれない。
 リアラは自分の腕が…身体が色彩を失っていることに気づいた。
 ナイツは私を支えている。
 これより深く墜ちないように。形すら失って、虚無の中に拡散しないように。
 ナイツは……私を救おうとしているのか?
 何故だ。お前は私を……否定していたじゃないか。
 私など要らないはずではなかったのか?
 もう誰も、私を必要とはしないはずなのに。
「何で…なんで、お前が……。
 戻れなくなるかもしれないのに……何で………」
「何だよ、忘れたのか?」
 ナイツは屈託のない笑みを浮かべた。
 何の躊躇いもなく、言い放つ。
「オレは、お前の半身
(カタワレ)だぜ」
「………………………………………」
 リアラは言葉を見いだせなかった。浮かべるべき表情も、また。
「お前は昔オレにそう言ったよな。
 なら―――オレにとっても、お前は半身じゃんか」
 確かに言った。悪意で。夢魔の身でありながら悪夢を紡ぐことを否定するお前に。
 私は―――そんな、優しい意味で言ったんじゃ………ない………
 リアラは震えていた。
 なにかが…押さえきれないなにかが、自分の深いところからこみ上げてくる。
「それに、ケンカは相手なしじゃできないゼ」
 悪戯っぽく笑うナイツ。その襟元を、突然鈎爪の手がひっつかんだ。
「この………この、大莫迦野郎っっ!!」
 ナイツの身体を強引に引き寄せ、食い付きそうな勢いでリアラはわめいた。
「お…おい」
 怒りに似たリアラの表情が、みるみる歪む。〈彼〉は声を詰まらせた。
「バカだ………バカだ、お前は………!!」
 バカだ………バカだ、私は。
 ナイツが嫌っていたもの。否定していたもの。それは〈私〉じゃない………そうじゃない。
 お前が本当に否定していたのは…………
「バカ………!」
 リアラはナイツの胸に顔を埋めた。今の自分の顔を、見られたくなくて。
「……………」
 ナイツは黙ってリアラを見下ろした。限りなく優しい瞳で。
「リアラ」
 あたたかい腕がリアラの肩を包み、優しい掌が穏やかに角を撫でる。
 リアラは泣いた。
 存在し
(うまれ)て初めて、心の底から、泣いた。

 いくばくかの時が―――無の境界に時があるなら―――過ぎ去った。
「さて…と。帰ろうゼ、リアラ?」
 ナイツの言葉に、リアラは頭上を仰ぎ見た。
「…………帰れるのか?」
 今の〈彼〉にとって、それはあまりにも遙かな高みに感じられた。
 とても……届くとは思えない。
「大丈夫さ」
 ナイツは事も無げに言い放ち、リアラにウィンクして片手をさしのべる。
「二人でならな」
 二人で……なら?
「ナイツ……」
 言いかけた言葉を、リアラは途中でやめた。自分の額に手を当てて、彼は苦笑した。
 ああ―――そうか。
「やっぱり私は、お前には勝てんな」
「? 何言ってるンだよ、お前?」
 静かに笑い続けるリアラに、きょとんとしたままナイツは手をさしのべ続ける。
「………何でもない」
 まっすぐな眼差しと―――差し伸べられる手。
 リアラは微笑んで、〈彼〉の手をのばし返した。
「帰ろう………一緒に、な」
「ああ」

 私が本当に………本当に、欲しかったもの―――――

〈Fin〉


あとがき 〜 NiGHTS&REALA ―対なる魂― 〜

 久々のシリアスサイド更新でした。2冊目のナイツ個人誌に収録した作品のリニューアルです。
 最初を見ればおわかりでしょうが、シリアスバージョンと無責任番外編の分岐点でもあります(^^;)
 困ったことに、ギャグの印象が作者自身にも強烈すぎて、シリアスのこの後が見えません。(おひ)


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