何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。
墜ちてゆく感覚さえいつしか消えて………
〈彼〉は考えることもやめていた。
ただ……そこに、あるだけ。
《………ア………ラ……………》
(だれ…………だ)
《…リ……ア……》
(だれだ………わたしを……呼ぶのは)
《…リアラ…》
(ああ………眠らせてくれ)
《リアラ》
(眠りたい…)
「リアラ!」
突然、リアラは気づいた。
自分を呼ぶ、懐かしい声。認識し、思考している自分。
懐かしい………?
どれほどの間、思考することをやめていたのか。
〈彼〉の主観において、本当に久しぶりに〈彼〉は自分の〈身体〉そして自分自身を意識していた。
〈彼〉は目をこじ開けた。
その瞳に映ったもの。
「ああ…やっと見つけた」
微笑みかける、整った顔立ち。
リアラの肩を掴む、あたたかい手。
穏やかな、深く澄んだ紫水晶の瞳。
「ナイツ!?」
「何やってるんだ、お前……どこまで墜ちる気だよ?」
「な……何故!?」
何故ここに?何のために?何故…なぜ、おまえが?
リアラは完全に混乱していた。
「何故って……?探しに来る以外に、無の境界(こんなとこ)まで来るか?」
さも意外そうに言うナイツ。
〈彼〉の手はリアラの腕に触れてはなれない。
リアラは自分の腕が…身体が色彩を失っていることに気づいた。
ナイツは私を支えている。
これより深く墜ちないように。形すら失って、虚無の中に拡散しないように。
ナイツは……私を救おうとしているのか?
何故だ。お前は私を……否定していたじゃないか。
私など要らないはずではなかったのか?
もう誰も、私を必要とはしないはずなのに。
「何で…なんで、お前が……。
戻れなくなるかもしれないのに……何で………」
「何だよ、忘れたのか?」
ナイツは屈託のない笑みを浮かべた。
何の躊躇いもなく、言い放つ。
「オレは、お前の半身(カタワレ)だぜ」
「………………………………………」
リアラは言葉を見いだせなかった。浮かべるべき表情も、また。
「お前は昔オレにそう言ったよな。
なら―――オレにとっても、お前は半身じゃんか」
確かに言った。悪意で。夢魔の身でありながら悪夢を紡ぐことを否定するお前に。
私は―――そんな、優しい意味で言ったんじゃ………ない………
リアラは震えていた。
なにかが…押さえきれないなにかが、自分の深いところからこみ上げてくる。
「それに、ケンカは相手なしじゃできないゼ」
悪戯っぽく笑うナイツ。その襟元を、突然鈎爪の手がひっつかんだ。
「この………この、大莫迦野郎っっ!!」
ナイツの身体を強引に引き寄せ、食い付きそうな勢いでリアラはわめいた。
「お…おい」
怒りに似たリアラの表情が、みるみる歪む。〈彼〉は声を詰まらせた。
「バカだ………バカだ、お前は………!!」
バカだ………バカだ、私は。
ナイツが嫌っていたもの。否定していたもの。それは〈私〉じゃない………そうじゃない。
お前が本当に否定していたのは…………
「バカ………!」
リアラはナイツの胸に顔を埋めた。今の自分の顔を、見られたくなくて。
「……………」
ナイツは黙ってリアラを見下ろした。限りなく優しい瞳で。
「リアラ」
あたたかい腕がリアラの肩を包み、優しい掌が穏やかに角を撫でる。
リアラは泣いた。
存在し(うまれ)て初めて、心の底から、泣いた。
いくばくかの時が―――無の境界に時があるなら―――過ぎ去った。
「さて…と。帰ろうゼ、リアラ?」
ナイツの言葉に、リアラは頭上を仰ぎ見た。
「…………帰れるのか?」
今の〈彼〉にとって、それはあまりにも遙かな高みに感じられた。
とても……届くとは思えない。
「大丈夫さ」
ナイツは事も無げに言い放ち、リアラにウィンクして片手をさしのべる。
「二人でならな」
二人で……なら?
「ナイツ……」
言いかけた言葉を、リアラは途中でやめた。自分の額に手を当てて、彼は苦笑した。
ああ―――そうか。
「やっぱり私は、お前には勝てんな」
「? 何言ってるンだよ、お前?」
静かに笑い続けるリアラに、きょとんとしたままナイツは手をさしのべ続ける。
「………何でもない」
まっすぐな眼差しと―――差し伸べられる手。
リアラは微笑んで、〈彼〉の手をのばし返した。
「帰ろう………一緒に、な」
「ああ」
私が本当に………本当に、欲しかったもの―――――
〈Fin〉
あとがき
〜 NiGHTS&REALA ―対なる魂― 〜
久々のシリアスサイド更新でした。2冊目のナイツ個人誌に収録した作品のリニューアルです。
最初を見ればおわかりでしょうが、シリアスバージョンと無責任番外編の分岐点でもあります(^^;)
困ったことに、ギャグの印象が作者自身にも強烈すぎて、シリアスのこの後が見えません。(おひ)