悪夢界、ナイトメア。
ワイズマンの野望が潰え、かの悪夢王のしもべとして生を享けたあまたの夢魔達は、楽夢を無理矢理に破壊する必要もなくなっていた。
暇という訳ではない。自ら悪夢に墜ちてくる獲物はいくらでも居る。
悪夢界もまた、夢紡ぐ者……『人間』の心が支える場所であるが故に。
からっぽの無限の闇とも、不吉な色の月光降り注ぐ死の荒野とも映る悪夢の領域に、ほら、今日も夢魔の哄笑と哀れな贄の悲鳴が聞こえてくる。
「アア…」
しかし、ここにいる、とあるサードレベルナイトメアン、ハロゥの一体。
ぼんやりと小さなねぐらにうずくまり、ひたすら溜息をつきつづけている。目の前をビジターが通り抜けても、注意も払わない。
「アア、りあらサマ……」
見つめているのは、いまや彼らの長であるファーストレベルナイトメアンの小さな絵姿。
彼らにとって、強さは美。
そう、“彼”――人のような意味での性別がないゆえに正しい呼称ではないが――は、恋をしていた。
最も美しき夢魔、悪夢界最強の夢魔、リアラに。
判っている。想ってみても、詮無いこと。
所詮おのれはサードレベル。逆立ちしてもかなわぬ恋。
ましてリアラには、すでに想い人…というか想い夢魔が居る。
ナイツ。
宝玉の瞳と薔薇の頬を持つ、菫色の夢魔。
彼らの長と同格の力と美を併せ持つもの。
それでも……想うだけなら。
ハロゥはもう一度溜息をついて、絵姿を抱えてねぐらに丸くなった。
「ちょォっと、お前〜?暇そうね〜?」
唐突に降ってくる、歌うような声。慌てて起きあがると、パフィーが自分を見下ろしている。
「ぱ、ぱふぃーサマ!」
「ちょぉどいいわ〜、リアラさまがお呼びよ〜♪」
「り…りあらサマッ!?」
まさしく青天の霹靂。
「りあらサマガッッ、何デワタシヲッッ!?」
「しらないわ〜、でも急いだ方がいいかも〜♪」
ハロゥは青ざめて飛び起きた。リアラは目下の者に待たされるのは大嫌いだ。
「スッ、スグニマイリマスッッ!!」
「あ、私室の方だから、間違えないのよぉ♪」
「……………ハ!?」
ハロゥは不安とも喜びともつかない思いでリアラの私室を見回した。
石造りの床と壁、暗い色合いの調度品。豪奢だが、無機質な印象の薄暗い部屋。
夢魔にとっては居心地の良さそうな趣味の良い部屋に映る。
リアラはソファーに腰掛けて足を組み、何やら本を読んでいた。
「り、りあらサマ、オ召シニヨリ参上イタシマシタ」
「おお、来たか。
なに、大した用事じゃない。堅くなるな」
リアラは顔を上げて本を閉じ、真顔で――元々表情が乏しいので、実際のところ真顔なんだかリラックスしているんだか判断がつきにくい――ハロゥに目を向けた。
「ハ、ハイ。ソレデ、ゴ用ハナンデショウカ?」
「そこに寝ろ」
「………ハ!?」
リアラは立ち上がると、金の鈎爪で彼の大きな寝台を指し示した。
「寝ろ、と言ったんだ。二度は言わんぞ」
「り……りあらサマ……」
リアラは有無を言わせぬ目つきでハロゥを見ている。
イ、イケマセンりあらサマ。
貴方ニハ…モウ…ないつサマガ……。
ないつサマガ………
困惑するハロゥ。自分の秘めた想い、リアラがナイツを愛しているという動かせない事実、そして今直面している状況。
ハロゥの思考能力の限界を超えていた。
フラフラと、ハロゥは金の縫い取り模様のついた黒い毛布のかかったリアラの寝台に横たわり、目を閉じた。
りあらサマ……
リアラが歩み寄ってくる気配がする。
寝台に上ってくる動きで、ハロゥの小さな身体が揺れる。
カマイマセン、ソレデモ。
オ心ノハケ口デモ………
ハロゥハ……りあらサマヲオ慕イ申シ上ゲテオリマス………
リアラの鈎爪が、ハロゥの身体をうつ伏せに返す。腰のあたりに、掌が置かれた。
「始めるぞ」
ハロゥは、閉じた瞼に力を込めた。
「りあらサマ……ヤ、ヤサシクシテ…クダサイ……」
「……ああ」
ぼきばきぎしぎしごりごりぐきゃごりぱきぺきぽき。
「―――ッギャアアア―――――――――!!!!???」
数十分後。
リアラの私室の扉が開き、あざだらけで足腰立たなくなったハロゥがずりずりと這い出てきた。
「ご苦労。あ、ついでに誰か暇な奴がいたらここに来るように言っておけ」
「ハ…………ハイ……………」
リアラはボロボロのハロゥを見送ると、ソファーに戻って閉じた本を取り上げた。
「………意外に……難しいものなんだな」
『指圧・マッサージ入門〜リフレッシュと健康の為に〜』
合掌。
あとがき ―仕事疲れと寝不足ハイ―
えーと、この話の前半は例によって私の個人誌に掲載した話のリメイクです。
仕事疲れやら花粉症やらでズタボロのときに描いたせいか、かなりキレた内容でした。
(リメイクでもっとキレてどーする^^;)
本当は前回のインターミッションとこの話の間に一話入ります。ぷろぽーづ編^^;
パソコンではなくワープロ専用機で書いたので、ファイルの変換をしてついでにリメイクせねば。
この話は、リアラがナイツに想いを告げた少し後に来る話です。
エリオットもクラリスも、一応の事情は飲み込んでいて、エリオットは理解と祝福(いいのか?)、クラリスもまあ判ってくれている…そんな状況と思ってください。
ちなみに海外にはもっとヤバいというかマジなのが(あわわわ)
↑さすがにR×NとかN×Rはないけど(いまのところは)。
そういやコレ描いたとき、本来の作風を知っている友人に『あんた何かあったの?』とか訊かれたもんですが……
何のことはない、きゅーとな夢魔様に脳髄浸食された勢いですな。(オイ)
ちなみにこの話は昨年秋頃一部の方のご希望を受けてファイルに起こし、個人的に送付して感想をいただいていました。なかなか好評につき、気をよくして発表することにした次第です。
なお、後半は個人誌作成時にプロットだけ存在していた裏設定を更に書き起こしたものです。本当なら日の目を見ることはなかったのですが…
発表前にこの話を読んでくださったあおい様がイラストを描いてくださいました。あまりにも状況が的中しているので、お願いして挿し絵にしていただきました。ありがとうございます。
このエピソードのあと、まさしく以下のような光景が出現することになるでしょう。なまんだぶ。