M.D.F.L.4 ― I JUST SMILE ―

始まりは―――――――
混沌の霧の中……………

『私』の意識と記憶―――――
この生命
(いのち)のはじまり

初めて開いた瞳に初めて映し出したもの

『私』自身を認識するよりも前に……………

今思えば

全てはあのときはじまっていたのかもしれない……………


「リアラ様、おめでとうございます!!」

考え事をしていたリアラは、その声で我に返った。
やたらと甘そうな巨大ケーキを捧げ持ったパフィー、怪しい花束を抱えたジャックル。
そのほか思い思いに祝いの品を携えたメアンたち。
そこまでの頭を持ち合わせずただ浮かれるだけの者も皆一様に、祝福の笑みをたたえていた。

「おめでとうございます」
「ついにナイツ様にプロポーズなさったそうで」
わいわいざわざわ。
「で、お子さま(←!?)はいつ頃?」
「まて、その前に式の日取りだ」
「待てぃ」何だ、式ってのは……
浮かれ騒ぐメアンたちを、一筋汗などたらしつつリアラは制止する。
「まだ返事も聞いていないわっ!」
「えーっ!!」
「何でです?」
ブーイングが上がる。
「急(せ)いても困らせるだけだろうが!私はゆっくり待って………ん?」
気の早い部下たちを押しとどめつつ、リアラは物陰の何かに気づいた。
たむろすサードレベルたちを押しのけて、“彼”は静かにそこに歩み寄る。
「………。お・の・れ・ら・なぁ!私の一世一代の決心を〜〜〜〜!!!」(←血の叫び)
青筋たてて、リアラは将来どちら似のメアンができるかトトカルチョをしていた一群のサードレベルを蹴散らした。


「で………?」
イデアパレス(住んでる)でそろそろ眠ろうとしていたナイツは、突然の訪問者をあきれ顔で見た。
「周りがあんましうるさいんで、逃げてきた、と?」
「うん」
パレスの前に立ちつくしたリアラは、なぜか枕抱えてこくん、と頷いた。
「今夜はいくところがない。一晩泊めてくれ」(ぐすん (T_T))
「いゃ………別にいーけど………泣くなっつーのオイ」


「………しかし、意外だな」
「ん?」
夕食がまだと知ってナイツが出してきたスターチップ(本来はナイツの明日の朝食用)をぱくつきつつ、リアラはナイツに目をやった。
「おまえ、結構部下に人望あ(したわれて)るんだ」
「あのな〜。他人事かオイ?」
屈託なく笑うナイツに、リアラは苦虫百匹ほど噛みつぶした顔をする。
「試しに今ナイトメアに来てみろ。もの凄いことになるから」
「違いねぇ!」
苦笑するナイツ。リアラが食べ終えた頃、“彼”はあくびをしながら大きく背伸びをした。
「(ふぁ〜〜)……ま、てきとーに寝てくれよ。ナイトピアはあったかいから」
「うむ」
持ってきた枕をパレスの床にぽふぽふしているリアラの傍らで、ナイツは無造作に身体を投げ出した。
「さて、じゃ、お休みー」
「ああ、お休み」
挨拶を返してから、リアラはふとあることに気づいて振り向いた。

ナイツと二人っきりで一つ屋根の下。

「……………こっ………この状況わあぁっっ!!」
心身共に真っっっ白けになって、リアラは頭抱えて絶叫した。
「あああああ、しかも思いッ切り無防備にッッ!」
早くもナイツは心地よさそうにすやすやと眠りこけている。
リアラにとっては到底眠りにつける状況ではない。胸の奥が早鐘のように騒ぎ出す感覚が、頭の中までがんがんと響く。
普段は冷たい身体が、全力で飛び回った後よりもかっかと熱くなる。
「ナイツ………?」
声のふるえを押さえて、リアラはそっと呼びかけてみた。
返事はない。
リアラの目に映るのは、ただ自分の傍らに手折られた花のようにしどけなく(注:リアラにはそう見える)横たわるナイツの愛らしい寝顔だけだった。
今、世界は存在しない。灰色のからっぽの空間に、ただ一つのあざやかな色彩をまとうもの。
「ナイツ……………」
熱っぽく、吐息のように呼びかけて、リアラはかぎ爪の指先をそっとバラ色の柔らかそうな頬にさしのべていった。

「……………いや、いかん!!」

爪の先がナイツの頬に触れる寸前、リアラは我に返ってその手を引っ込める。
「ナイツは私を信じてくれていればこそ………裏切るつもりか私!?……………いや、しかし遠回しにOKということも……………」
リアラの頭の中で、天使と悪魔が口論を始め、計算尺(おぃおぃ)が凄まじい早さではじかれる。
―――――答えは出なかった。
「あああああ、私はどーすればッッ!!」
のたうち回ったりして。
「ん…………」
隣で騒ぐ声が眠りの中まで届いたか、ナイツはわずかに眉根をよせた。
「うーん」
ころりん、と妙に色っぽい仕草で寝返りを打つ。

重荷の上の一本の藁は、駱駝の背を砕く。(西洋のことわざ)

「あう!!!」
ぴしいッッッ。


「………………ん?」
ナイツはふと、奇妙な気配に目を覚ました。
「何か………え、リ、リアラっっ!?」
一瞬で覚醒し、ナイツは飛び起きた。
「リ、リアラ!!どーした、何コゲて耳から煙噴いてんだーっっっ!?」

ナイトピアは星の降る美しい夜だった。


「ナイツ……なあ、眠ってるのか?」
結局寝付けないリアラは、ナイツの傍らで膝を抱え、その寝顔をいとおしげに見つめていた。
「幸せだ……私は。こうしておまえのそばにいられる……それだけで。
こんなにも心が安らぐ。なにもかもが………違って見えるよ」
リアラは空を降り仰いだ。
満天の星。
穏やかな微風が、梢をわずかに揺らして優しいざわめきをたてている。
静かな、暖かなナイトピアの夜。
以前は憎んでやまなかった、光の世界。
「光の世界が………こんなに美しかったなんて」
リアラはなんとなくほほえんで、ナイツの隣に身体を伸ばす。頬杖をついて、じっと愛しい者の寝顔を見守った。
じんわりあたたかい、不思議な感覚が胸に満ちる。
至福感。
リアラはそっと溜息を付いた。
「ナイツ……おまえはいつも、こんな風に世界を見ているのか………?」
ゆっくり、ゆっくり、ようやくリアラの瞼が重くなる。
「ナイツ………」
いつしかリアラも、気づかぬままにそっとナイツの手を握って、穏やかな満ち足りた眠りに落ちていった。
寄り添って眠るふたりのナイトメアンを護るかのように、ナイトピアの夜はあくまでも静かに更けていく。


「リアラ様、おめでとうございまーっす!!」
「あああああっっっ!!しぃまったあぁぁぁっっっ!!」
完全無欠の朝(?)帰り。
自ら墓穴を掘ったことにようやく気づいて、気の早い部下一同の祝福の中、リアラは頭を抱えて絶叫した。


合掌。


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