REALA THE 1st. LEVEL NIGHTMAREN

「――ツ…ナ…ツ――イツ…」
 声が聞こえる。遠く―――近く―――呼びかける声が聞こえる。
「ナイツ」
 その音の舌触りを楽しむように。波の音のように繰り返される、呼び声。
「目をあけろよ―――ナイツ」
 ―――あの―――声は―――――
 ゆっくりとナイツは瞼を開く。磨き抜いた蒼い宝玉を思わせる瞳に、呼び声の主が映る。
 リアラ。
 青白い顔。隈取りの施された、青く暗い瞳。血と闇のふたいろをした禍々しい角。
 腕組みをしたその手には、猛禽類のそれよりも鋭く硬い鈎爪。悪夢の化身と呼ぶに相応しい容姿。
 生まれたときから嫌と言うほど見てきた姿が、闇の中にたたずんでいる。
 深い深い黒。周りには他に何もない。空っぽの闇、真の闇の空間に、「彼」と自分だけが鮮やかな色彩をまとって浮かんでいる。
 リアラは皮肉な笑みを貼り付けた顔で、虜となった己の片割れを見上げていた。
 内から輝くような、濡れた宝石のような瞳。なめらかな線を描くしなやかな肢体、薔薇色の頬。
 およそ夢魔の印象からかけ離れ、それでいて魔的な雰囲気をたたえた美しい容姿。
 生まれたときからずっと見てきた姿が、闇の空間に両腕をさしのばし、磔のようにそこに縫い止められている。
「いい格好だなあ、ナイツ…」
 自分の置かれた状況に気づき、闇の縛めから腕を引き抜こうと無駄なあがきをするナイツの様子に奇妙な満足をおぼえながら、リアラは嗤う。
「お前は少しばかり勝手が過ぎた…ワイズマン様がお怒りになってな。
お前…追放されるぞ。この悪夢の世界
(ナイトメア)から」
「………………」
 ナイツは応えない。リアラを睨み据え、じっと押し黙る。
「フン…」
 その態度に僅かに苛立ちをおぼえて、リアラは鼻を鳴らす。
「まるで動じない……か」
 闇からの追放。光のただ中に放逐される事は、並の夢魔ならこの上ない恐怖のはずなのに。
 それでも予想のついていた事ではある。リアラは皮肉な態度を崩さないまま、嘲笑う口調で続けた。
「何故闇よりも光を好むんだ?お前も悪夢の化身
(ナイトメアン)――私の片割れのくせに」
 どんなに輝きの中にあっても。光の夢に居座ろうとも。
 おまえはナイトメアン―――所詮は闇の魔物。私と共に創られた、私の半身。
 その定めは覆せない。だのに。
 何故お前は―――――。
「……まあ――いい」
 リアラの拡げた掌の中で、空間が小さく歪む。闇の中にそこだけ、けして広がっていかない小さな光が生まれる。
 その中に浮かび上がる小さな建物があった。
 ナイツ。
 闇からお前は追い出される。二度と戻ることはできない。だが……
 お前の愛する世界になど、行かせてはやらない。判るか?この意味が。
「お前は夢の神殿
(イデアパレス)に落とされる」
「!」
 その言葉に初めて、ナイツが気色ばむ。リアラはわざと無視して言葉を継いだ。
「結界に封じられてな」
「リア……!」
 初めて怒りの声を上げかけたナイツの頭を、リアラはいきなり鷲掴みにする。鋭い鈎爪で押さえつけた頭を無理矢理に自分の方にねじ向かせ、触れ合いそうな位置まで自分の顔を寄せて囁く。
「―――悔しいか?ナイツ。……私が憎いか?」
 あざけるように。心底嬉しげな口調で。心胆寒からしめるような、まさに悪魔じみた悦びの貌。
「そうだ……憎むがいい」
 これだけは他の夢魔と――自分と変わらぬ鋭い歯を食いしばり、睨み付けてくるナイツの様子を心の底から愉しみながら、リアラはささやき続ける。
「憎め……私を」
 言いながら、掴んだままのナイツの頭をぐいと引き寄せる。
「私だけを」
 ずるり、とナイツを縛めていた闇の手かせが「彼」の腕から滑り落ちる。同時に、
「夢の狭間で永遠に―――な!」
 リアラの腕が、ナイツの身体を封印……透きとおった闇をたたえた水晶玉にみえる結界の中に押し込んだ。
 何の抵抗もなく、するりとシャボン球のように薄い壁を突き抜けるナイツの身体。
 しかしリアラの手が離れれば、どんなに内側から叩いても封印はびくともしない。
 リアラはそのまま、「彼」から見て下へとその封印の球を蹴り飛ばす。
「リアラ……」
 果てしなく墜ちていく球体の中から、ナイツは喉を限りに叫んだ。
「憶えてやがれ!リアラ――――――――――――ッ!!」

 ナイツの最後の叫びが余韻を残して消えていき、闇の中にリアラは一人取り残される。
「……………」
 ナイツの墜ちて行った方角を見下ろして、リアラはつぶやいた。
「そうだ……それでいい」
 笑みを浮かべてリアラは呟く。もうナイツには届かぬ呼びかけを。
「憎め……私を憎めナイツ。憎み続けろ、私を。私だけを」
 考え続けろ、私のことだけを…そうすれば。
 笑いがこみ上げてくる。押さえきれない喜びが。やがてそれは哄笑になる。闇を仰いでリアラは笑う。
 ナイツ――――お前は永遠に、私だけのものだ。

 リアラは笑う。闇の中で、笑い続ける。
 舞うように腕を拡げ、身体を揺らしながら。喉をそらして、角を振り立てながら。
 いつまでも、いつまでも。
 心の底から、笑い続ける。空っぽの闇の中に、ただ一人で。

 ナイツ――――お前は―――永遠に―――――




あとがき

 ナイツとリアラのシリアスバージョンなお話でした。
 以前自分の個人誌に収録したマンガをノベライズしてみたものです。
 ただでさえ原作よりイッちゃってたリアラ様が更にグレードアップしちゃいましたー。
 ええと、個人誌作ったときに書いたんですが、この話は現実にというか、ホントに私がある夜見た夢がベースになってます。声はほとんど聞こえなかったんだけどね。
 リアラにとってのナイツというのは、ナイツ自身がどう思おうが、他の誰のでもない「自分の」片割れ…なんじゃないかと思って描いてみたのですが…
 何か外してはいないみたいですね。ナイツがいる事がリアラにとっての「前提条件」つーか。
 反発しながら、憎しみを抱えながら、それでいて切り捨ててしまえない奇妙な執着心。
表現できていればさいわいです。
 ちなみに、わたくし描くところの凶悪バージョンリアラ様は全て「エレキメア」のナギラさまの所有物としてのし付けて捧げられる密約が交わされておりますので、悪しからず。

H.11.04.29 FEN. 


戻 る