『恐らくはそれさえも平穏な日々』 PART-4


 話はその時点より少々遡る。

「のんびりしてる暇はないぞ。ラッピーどもが麻痺してる間に、さっさと回収して引き上げだ。」
 リーダー格の男の号令で、密猟者達は捕らえたラッピーを広場の中央に集め出す。
「どうしよう、このままじゃみんなつれていかれちゃう!」
「なんとか……ロープとあみがとれれば……」
 イーニィが身をよじるが、腕を外された後きっちり縛り直されたワイヤーはびくともしない。
 本来ヒルデベアでさえ拘束できる強度をもった分子ワイヤーである。
 ボディ仕様上、規格型ヒューキャストほどの力さえ出せないチビ達に引きちぎれるわけがない。
「へへ、ボーナスははずんでくださいよ。」
 密猟グループのガイド役だったらしいあの二人組が、リーダーに追従しながらもみ手をしている。
「無事に済んだらな。」
「くやしいよお……ぱぱならあんなやつら、かんたんにやっつけちゃえるのに!」
 無念そうにうめくイーニィ。
 マイニィは少し離れたところに無造作に転がされた自分たちの腕パーツを見つめていた。
「なんとかあれにさわれれば……」
 這いずっていけば届くかもしれないが、その前に見つかってしまうだろう。
「うーん……あ」
 ミーニィが見やった先の、茂みの葉の下。
 ニワトリほどのサイズの黄色いものがうずくまっていた。
「あれは……」
 一羽の、ほんの小さなラッピーのヒナだった。
 黒い丸い目で、親や仲間を奪い取って行こうとする人間達をじっと見ている。
「おいで!」
 ミーニィが小声で呼びかける。
「おいで、たのみたいことがあるんだ。
 たすけてくれる人をよぶんだ、どうかてつだって!」
 通訳装置はとられてしまったが、かれらはラッピーがある程度こちらの言葉を理解できる事を知っていた。
「ピー……。」
 弱く一声鳴いて、躊躇するようにちびっこ達を見る子供ラッピー。
「おねがい、僕らを信じて!」
「ピ!」
 ててて、と素早く茂みを抜けて、三人の体の陰に飛び込むチビラッピー。
「ありがと。……いいかい。あそこに、僕らのうでがおちてるよね。
 ひじのさきについてるちいさなつまみをずらすと、けいたいたんまつのパネルがひらく。
 そしたら、いちばんめだつ赤いボタンをおして……」
 わかりやすい言葉を選び、なるべく簡潔に緊急メールの送り方をちいさなラッピーに教えるミーニィ。
 やがて、
「ピィ!」
 一つ頷いて、ラッピーのヒナは素早くアンドロイドの腕に向かってダッシュした。



「メールの登録アカウントはマイニィさんのものです。着信はたった今。
 内容は、<TASUKETE RAPIKO>のみでした。地上からのメールであることは確かです。」
 エントランスの自動ドアを蹴破らんばかりの勢いですっ飛んできたキリークに、ギルドの受付嬢が説明する。
「地上……RAPIKO……ラピコ?」
 口の中でもぐもぐ呟いていた後輩の瞳が輝いた。
「わかった!あそこだ!」
「どこだ!心当たりがあるのか!?」
 『後輩』に振り向いたキリークが、勢い余って胸ぐらひっつかんで吊し上げる。
「きゅー!」
「おいおいキリーク!」
「旦那落ち着け、絞め殺しちまうぞ!」
「あ……すまん(汗)」
「げほげほ。……たぶんあそこです。らっぴー村。
 DFの影響下から脱したおとなしいラッピーたちの群落で、総督府の保護下にあるんです。
 きっとあそこで何かあって巻き込まれたん………先輩?」
「あ、もう行ってしまった。」
「場所知ってるのか、旦那は!?」
「おい、それで場所はどこなんだ!?」
「あ、やっぱ戻ってきた。」



「おい!何やってるんだ!」
 怒声が飛んだ。
 こちらを振り向いた密猟者の一人が、アンドロイドの腕をつついている小さなラッピーを見咎めたのだ。
「ピー!」
 慌てて逃げようとしたヒナを片手でつかみ上げる。
「まだこんなチビが残ってやがったのか。
 おい、こいつも檻に放り込め!」
 仲間に向かってぽいと無造作に投げ渡そうとする。
「やめろ――――!!」
 不自由な体勢からどうにか立ち上がったイーニィが、身体ごとぶつかっていく。
「ぐは!」
 小さいとはいえアンドロイドの体当たりを受けて、男がつんのめる。
 振り落とされたラッピーはミーニィ、マイニィの陰に逃げ込み、二人は全身でラッピーを庇う。
「この野郎!」
「まだ抵抗しやがるか、こいつら!」
 駆けつけてきた密猟者仲間達が、ちびっ子達を引きはがそうとてんでに手を出してくる。
「イーニーッ!」
「ミーニィ、マイニィ、その子を守れ!絶対とられるんじゃないぞ!」
 地面に押し倒した男の身体に、芋虫がたかるようにしがみついたままイーニィが叫ぶ。
 しかし、抵抗もそれほど長くは続けられなかった。
 ミーニィ、マイニィはラッピーから引きはがされ、イーニィは爪先を保護するために薄い金属板を仕込んだブーツで力任せに蹴りのけられる。
「こいつら……優しくしとけばつけ上がりやがって!」
 イーニィに突き倒された男が忌々しげにわめく。
「構わねえ、バッテリー引っこ抜いて強制スリープさせちまえ!」
「しかし、んなことしたらメモリーが破損しますぜ。」
「いいんだよ、どうせ全記憶抹消して裏ルート送りだ。障害が出るようならバラしてジャンクで売り飛ばしてやる!」
 怒鳴り散らす声に気圧されたように、男の一人がイーニィの背中のメンテナンスハッチに手をかけた。
「イーニィ!」
「やめてー!」
 ミーニィとマイニィが、取り押さえられたまま悲鳴を上げる。

『…………!』

「え?」
「なんだ、今の声は?」

『…ーニ……!…………ィっ…………!』

 遙か彼方からこちらへと向かってくる何かの声。
 やがてそれに伴う破壊音。

「イーニィ、ミーニィ!マイニィッッ!そこにいるのかあああああッッッッ!?」

 雄叫びとともに、広場を囲む木々の一画が爆発した。
 いや、何かで一瞬のうちになぎ払われ吹っ飛ばされたのだ。

 現れたのは、長柄の武器をひっつかみ、凄まじい殺気をむき出しにして仁王立ちする一体のヒューキャスト。
 広場の空気が凍り付く。
 紫紺のヒューキャストの黄色く光るアイセンサーが、ゆっくりと広場の光景を俯瞰し……取り押さえられた三人のチビヒューキャストと、地面に投げ出された三本の左腕パーツに止まる。

 密猟者たちは、この瞬間、自分がおのれ自身の死刑執行令状にサインした事を悟った。

 以下省略。



『密猟グループ、壊滅!』

 数日後、ノル入魂のスクープ記事がデイリー・ラグオルの電子ニュースのトップを飾った。

「ぱぱのおてがらが、ニュースになったんだね。」
「ぱぱ、すごいねー。」
 しかしながら、口々に讃える愛息達の声も耳に入らず、キリークは部屋の隅で壁に向かってめげていた。

 密猟団壊滅の功労者として、子供達から貰ったカメレオンサイズ(第2話参照)とラッピーから贈られたチュウチュウマグを装備したキリークのポートレートが、第一面にでかでかと掲載されていた。



 それからしばらく、キリーク名指しのパイオニア2の子供達からの依頼がハンターズギルドに殺到することになったのは、また別のお話である。




 合掌。


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