First step 2 ― Case of "KIREEKO" ―


数日前、ママが死んだ。
ラグオルで起きた謎の爆発と、それに伴う上陸の延期……
ママの最後の体力と気力を奪い去るのには、充分すぎた。
―――ギランガム症候群
(シンドローム)―――
この時代においてなお、治療法の確立していない奇病。半年前、ママはそれを発症してしまった。
メディカルセンターのベッドで日に日に弱っていくママに、医学を知らない僕はただそばにいて話し相手になる事しかできなかった。
ママには身寄りがなくて、だからママが逝った後、僕はひとりぼっちになった。
葬儀やいろいろな手続きをしてくれた役人の人は、僕が望むなら新しい引き取り手を見つけてくれると言ったけど、
僕はそれを断った。
最後まで、ママはラグオルを見たがっていた。
自然の大地に触れたがっていた。
だから、僕は決めていた。

僕はハンターズになる。そして、ラグオルに立って、この手で何があったのかをつかんでやる。

ハンターズ登録申請を持って、僕は初めてハンターズギルドのある階層を訪れた。
人間、ニューマン、アンドロイド。パイオニア軍の兵士さんたち。いろいろな人が立っていたり歩いていたり。
ハンターズらしい数人のグループが、大きな転送機に入っていくのに付いていこうとして、見張りの兵士さんに怒られた。
「これはラグオルに通じる転送機だ。ハンターズ以外使用禁止だ!」
僕がギルドのある場所を尋ねると、兵士さんは顎で僕の背後を指し示した。
教わった建物に向かっていくと、何人かのハンターズとすれ違った。
何か変だな。
みんな、僕を見て変な顔をする。目を丸くしたり、急に黙ったり。
で、僕とすれ違った後で、笑いをかみ殺している気配がする。
何かついてるのかな?
身体を見回したり、見えないところを手探りしてみたけど、何もない。
首を傾げながら、僕はギルドに入った。
エントランスにいたハンターズさんたちが、一斉に僕を見た。
僕が受付に向かうと、エントランスじゅうの視線がついてくる。
受付のお姉さんまで、なにか珍しいものを見る目で僕を見る。
僕はハンターズ登録申請を提出して、ハンターになりたい旨を申し出た。
「……はい、新規ハンター登録の申請…ですね。………わかり…ました。お名前をどうぞ。」
僕が名乗ると、お姉さんはぎょっとした顔になり………ついで、エントランス全ての人たちが、噴き出した。
ハンターズって……………?

あらかじめ計測された、体力や反射神経、様々な能力の数値を確認したり、いくつかの検査や口頭質問を受けたり、
一連の審査と手続きを経て、僕の胸には"SKYLY"のIDプレートが取り付けられた。
ハンターズの所属を表す印であるとともに、ラグオルで行動不能になったとき、転送装置で拾って貰うための発信器にもなっているそうだ。
……その前に死んじゃったら元も子もないし、プレートを壊さない保証だってないけど。
そのあと、ハンターズの証の"マグ"、基本装備と若干のメセタが支給される。
すぐに装備すると、マグはすうっと紫色に変わった。僕に同調した証拠だ。
これで、僕はハンターになれたんだ。

現在、全てのハンターズはラグオルの探索とパイオニア1の生存者の捜索にかり出されている。
しかし、通常の依頼も受け付けられているので、みんな状況に応じて仕事を受けているらしい。
このままラグオルに降りてみようか、それとも何か、とりあえず簡単な仕事がないか、見てみようか。
受付に向かいかけた僕を、突然誰かが呼び止めた。
「ちょっと、どこに行くんだね旦…………あ?」
僕が振り向くと、声をかけてきたおじさんは混乱した顔で僕を見て、それから頭をかいた。
「や、すまん。見間違いだ。………あんた、ハンターズかい?」
僕が頷くと、おじさんは破顔した。
「いや、そうかい。そうか……どうかね、あんたさえよければ一仕事してみないか?」
ラグオルの調査員だというおじさんは僕を受付にひっぱっていくと、係のお姉さんに依頼リストを出させた。
「これなんだが……。」
依頼概要を確認する。どうやら僕にもできそうな仕事だ。
でも、もう誰か引き受けたマークがあるよ?
「ああ、私としては確実を期したい仕事でね。今のラグオルでは、用心してしすぎることはないからな。
すでに依頼したあるハンターに同行してくれる、サポート要員が欲しかったんだ。
もちろん、依頼料は君にもここに提示しただけお支払いする。どうだね?」
先輩ハンターの仕事ぶりが見られるのか。悪い話じゃなさそうだ。
僕はこの仕事を受けることにした。
「そうか、そりゃよかった。じゃ、すまんが、先に話をつけた旦那を呼んできてくれ。
入り口近くにいるはずだ。行けばすぐわかるよ。」
おじさんに言われて、僕はギルドの入り口近くに向かった。
上背のあるハンターが、腕組みして手持ち無沙汰そうにたたずんでいる。
………え?
あの人は…………
「あの…!」
僕が声をかけると、その人は僕を見て硬直した。

「あなたはもしや………
僕の、パパっ!?」

どがっしゃん!!

そのひと……
僕そっくりのヒューキャストは、腕組みしたままつんのめって壁に突っ込んだ。

ママは生前言っていた。
「あなたのパパはね、とても高名なハンターなのよ。」
僕がハンターズになることにしたのは、ママのあの言葉もあったからだと思う。

「おいキリーク、大丈夫か?」
笑いを含んだ声がする。他のハンター……ヒューマーのお兄さんだ。
「おまえ、子供がいたのかよ。知らなかったぜ。」
「知らんっ!」
キリークと呼ばれたヒューキャストは、赤毛のお兄さんに叫んでおいてから僕を怪訝そうに見た。
「おまえは?」
「僕、キリーコ。」
とたんにエントランスは爆笑の渦に包まれた。
「こりゃ、決まりだな。」
「生き別れて幾年月、感動の再会。」
「キリーク、抱きしめてやりなさいよ。父として」
「違うわああぁぁっっっ!!」
ここぞとばかりに彼をからかうみんなに、キリークさんは頭を抱えて絶叫した。
「で、どこのキャシールに生ませたんだー?」

がごぉんっ!

モヒカン頭のお兄さんが追い打ちをかけたとたん、キリークさんは文字通りの鉄拳で壁をぶったたいた。
笑いを凍り付かせて、お兄さんが逃げていく。
「…………で?」
しばらくそのままじっとしていたキリークさんは、ようやく顔を上げて僕を見た。
「………そのプレート……おまえ、俺と同じヒューキャストか。新入りだな。」
僕が頷いて、おじさんの伝言を伝えると、キリークさんはチッ、と人間の舌打ちにあたるノイズを立てた。
「最近、子守りの仕事が多くないか……?まあいい。
クライアントの要望じゃ、やむをえまい。
ラグオルではしゃぎすぎるんじゃないぞ。ピクニックじゃないんだからな。」

「うっっっっ・わーーーーっ!!」
僕は思わず叫んでいた。
パイオニア2からの転送ゲートから足を踏み出した瞬間。
「何だっ!?」
キリークさんが自分の武器……柄の長い真っ赤な鎌を構えて僕を見る。
「……………空が青い!!」
「……………………………」
「風が吹いてる!土が軟らかい!ああっ、花が咲いてるっ!すっっげーーーっ!」
パイオニアの中にも、公園や緑地帯はある。ホログラフィーで再現した空もある。
でも、全然違う!本当の空の眩しさ。自然のままの植物。圧倒的な「生命」の気配。
これが、生きた大地ってやつなのか!
「お前……」
キリークさんが何か言いかけたけど、僕は聞いていなかった。目の前を何かよぎったんだ。
「あ………チョウチョ!本物だーっ!!」
図鑑やホログラフィーディスクでしか見たことのない、きれいな虫そっくりの生き物が飛んでいく。
追いかけようとしたら、ぱしゃん!と何か足にかかった。
「あ………」

見ると、僕の足下を、透き通った水が流れてる。
「小川だぁ!!うわあーーぃ!!」
僕は水をざばざば蹴立てて走ってみた。きれいな飛沫が、日差しの中でダイヤモンドみたいに輝く。
「はしゃぎすぎるなと言っただろーーがっっっ!!」

ごぎぃん。

僕の頭を、真上から鎌の柄でどやされた。
……………あの……これ、結構痛いんですけど……………
キリークさんは、溜息に似た音を立ててから、僕を見た。
「ガキかお前は。母星で外に出たことがないのか?」
「っていうか、僕、パイオニア2の航海中に生まれた……造られたから。」
「……本当にガキか。何にしても騒ぐのはやめろ。俺は構わないが、凶暴化した原生動物にわざわざ襲われたいのか?」
僕はふるふると首を振った。
「武器をきっちり確認しろ。周囲の警戒を怠るな。囲まれないようにしろよ。
行くぞ、仮免。」
「僕はキリーコだってば!」
小走りに道を駆けだしたキリークさんの後ろを、僕は支給品のセイバー片手に追いかけた。

ハンターズっていうのは、申請してすぐなれる、ってものじゃない。
人間やニューマンなら、様々な適性試験を経て、研修期間ってものもある。
アンドロイドは仕様から適正や基礎能力を見極めやすいので、この課程が簡略化されてるけど、
その代わり仕事を始めてしばらくは、様子見の「仮免期間」て事になる。
キリークさんは、一緒に行動し始めてから、一度も僕の名前を呼んでくれない。
ラグオルに降りる前に、僕はモノメイトを買い足したくて、ハンターズエリアの隅っこにあるショップにつきあってもらった。

ベテランの風格あるキリークさんが歩いていくすぐ後を、キリークさんのミニサイズな姿の僕が素人丸出しでついていくのは、
道行く人に予想外のインパクトがあったらしい。
ショップでも注目を浴びまくり、武器屋のおっちゃんに冷やかされ、おかげでキリークさんはすっかり『へそを曲げて』しまったらしい。

ちなみに、依頼の内容は、この森に設置された観測用のコンピューター端末から壊れてないものを探しだし、
データを可能な限り集めてくること。
最初の観測機は、このすぐ先の広場の筈だった。
広場の入り口手前で、キリークさんは急に立ち止まる。
僕はもう少しで、彼の背中に体当たりするところだった。
「ラグオルの、原生動物だ。」
くっくっ………
低く含み笑いしながら、キリークさんは鎌を構える。
「仮免、奴らを排除するぞ。さっきも言ったが、囲まれるなよ。」
言い置いて、キリークさんは広場に突入した。大きな爪を持った、茶色い獣がたちまち地面を朱に染めて倒れ伏す。
「クハハハハッッ!!」
身長ほどもある長柄の鎌を、風車のようにふりまわす。巻き込まれた獣…ブーマは、ミンチのように切り刻まれた。
後から広場に飛び込んだ僕に、血のにおいで興奮したブーマが襲いかかってきた。

ぎゃりんっ!!

ブーマの爪を、僕はセイバーで受け止めた。

ぎゃん!がりっ!

ブーマは狂ったように、巨大な爪を振り回す。
地中を掘り進む事ができるこいつらは、当然腕力が強い。
人間より力が強いはずの僕でも、受け損なってしまうことがある。
がりがり引っかかれながら、何とか反撃して手傷を負わせた。

グアアアアッッ!!

ブーマが絶叫する、次の瞬間そいつの首が吹っ飛んだ。キリークさんが、やつの背後から鎌を振り抜いたんだ。

首のなくなったブーマの身体が、僕にのしかかるように崩れ落ちた。
見ると、広場のブーマたちはみんな血だまりに沈んでいた。
僕が一匹にてこずってるうちに、キリークさんが一人で片づけたのか……
「…………凄い………」
これが、高レベルハンターの実力か。
呆然としている僕をほっといて、キリークさんは観測機を調べ始めた。
「………チッ。駄目だ、こいつはブッ壊れてる。」
キリークさんは、忌々しそうに端末のパネルをたたいた。
「次に行くぞ。ぼぅっとしてるんじゃない、仮免。……モノメイトを使っておけよ。」
「あ、はい!」
僕は慌ててモノメイトを取り出した。


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(C) SEGA / SONICTEAM, 2000.
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