ぎしゃっ!ぐしゅっ!

気味の悪い音を立てて、堅いキチン質の体が砕ける。
次から次へと、カラスよりも大きかろうかという巨大な羽虫が襲いかかってくる。
キリークさんは羽虫の群の真ん中で、際限なく化け物虫を吐き出し続ける移動性植物に斬りつけていた。
僕はひたすらセイバーで、ぶんぶんと飛び回る羽虫――モスマントをたたき落とす。

吸血性の昆虫だそうだが、血など持たないアンドロイドにでもお構いなしだ。
おそろしく硬い口吻を持っていて、こいつで突き刺してくる。
僕らの金属外皮ですら、当たり所とタイミングによってはつつき破られるかもしれない。

ざうっ!

ついに、キリークさんの鎌がモネスト―――モスマントと共生関係にある、巣の役割をする植物を切り倒した。
とどめに、モスマントの入っていた袋状の部分を、鋭い刃がざっくり引き裂く。
血のような色の樹液をしゅうしゅうと噴き出しながら、モネストは崩れるようにぺしゃんこになった。
「ふぅ。」
僕が最後のモスをたたき落として構えを解くのと、キリークさんが振り向くのが同時だった。
「仮免!」

え?

げしいぃっ!!

後頭部に凄い衝撃がきた。一瞬、アイセンサーがブラックアウトを起こす。
僕は地面にひっくり返った。視界の隅を、キリークさんの鎌が勢いよくよぎる。

びしゃっ!

深紅の鎌は、狙いたがわず僕の死角にいたほんとに最後のモスマントを叩きつぶした。

「気をつけろ。周囲に気を配れと言った筈だ。」
キリークさんの声音はどこまでも冷徹だ。
「お前が人間なら、今ので即死だ。」
「ごめんなさい……」
僕はうなだれた。
「今はまだいい。俺がいるからな。だが、お前一人だったらどうなる?
ラグオルは今、安全とは縁のない場所になっちまってる。
確実に死ねるぞ。」
「……………。」
僕には返す言葉がない。
「軽い気持ちでできる仕事ではないぞ、ハンターズは。
甘い気でいるなら、やめておけ。
お前はまだまだガキだ。ハンターズになるには、10年は早い。とっとと家に帰れ。その方が、お前のためだ。」
……………!
「嫌だ!」
僕は思わず叫んでいた。キリークさんは少し驚いたように僕を見る。
「僕はやめない!絶対、一人前のハンターになるんだ!ならなきゃいけないんだ!」
「……?」
その後しばらくの事は、よく覚えていない。
僕はキリークさんに、いろいろなことを叫んでいたらしい。
僕を造って家族として慈しんでくれた、不治の病で死ぬまでラグオルを見たがっていた"ママ"の事を。
「………わかった、もういい。少し落ち着け。」
キリークさんは溜息を付いた。
「それなら、少し勉強しろ。基本中の基本は教えてやる。一度だけだぞ。きっちり聞いていろ。まず………」

「せぇいっ!」

びゅん、びゅん、ざんっ!

僕のセイバーが、勢いよく宙を切る。
「ほぉ……」
キリークさんは腕組みをして、僕が素振りをする様を見据えていた。
「えいっ!」

ぶん、びゅっ!

「…あ、失敗…」
三打めにうまくつながらなかった。
「まあ、最初からそううまくはいくまい。
生き延びたいなら、精進しろよ、仮免。
………お前、案外筋がいいようだからな。」
「ほんとっ!?」
初めてほめてもらえたのがうれしくて、僕はもう一度教わった連続攻撃の型をやってみた。

「たありゃっ!」

ぶぅん!

がっしゃん。

振り回したセイバーは、広場の隅に落ちていたコンテナをモノの見事にぶちこわした。
「ありゃ。」
うわー、やっちゃった……あれ?
中に何か入ってた。
「テクニックディスクだな。」
キリークさんが僕の肩越しに箱の中を見て言った。
「そういえば時々ママがこれと同じの持ってたっけ。」
「精神力を使って、様々な現象を操る技術だ。
攻撃なら武器より確実に当たるし、傷や異常の治療もできる。
人間のハンターズはこれを活用してる。俺たちには使えんから、うらやましい話だな。」
「ふうん……」
あ、いいこと思いついた。
「じゃ、人間の、テクニックが得意な人と組めばいいんだ。」
キリークさんは僕の顔を見て、ちょっと肩をすくめるような仕草をした。………何故だろう。
「そういえば、キリークさん、普段どんなひとと組むの?」
「俺は誰とも組まん。………お前で二人目だな。」
「?」
「しばらく前に、駆け出しのフォマールと仕事をしたのが、他人と組んだ最初、だ。
ソラという娘だったな。……………先が楽しみだ。くっくっ……くくく…くふふふ……」
「???」
何をおっかない笑い方してるんだろう。
なんか、鎌の刃をじーーーっ、と見つめてるし。
「くくく………くくくく………」
キリークさん、コワいってば。
「………さて、休憩は終わりだ。先に進むぞ。」
「……あ、はいっ!」
……………キリークさんって……………

道は、森のさらに奥へと続いている。木漏れ日はきらきら、そよ風が大きな草の葉を揺らしている。
原生動物たちが凶暴化してなければ、楽園のような場所なのだろう。
一度もやったことないけど、ピクニックってこんな場所でやるものなんだろうな。
「ふふ……堪らんな……この、戦場の緊張感というやつは……」
小走りに進みながら、キリークさんがぼそりと呟いた。
……………感じ方が僕とキリークさんとでは、かなり違うんだなぁ。
「あのさ、キリークさん……」
「ん?どうかしたか?」
「えっと………」

あなたって、どんな風にこれまで生きてきたの?

尋ねてみようとして、僕は思いとどまった。
もの凄くコワい返事が返ってきそうな気がして。
少なくとも、僕のような『家族』や『平穏』とは縁のない生き方―――世間知らずの僕でも、察しはついた。
どんな生い立ちなのかを想像することはできなかったけれど。
「どうかしたか、仮免?」
「あ、あのさ!」
何でこんな事口走ったのか、自分でもわからない。
「僕の……兄ちゃんになってくれないっ!?」

ずべらっしゃああっっ!!

つんのめったキリークさんは、鎌を構えた姿勢のまま、器用に前方一回転して軟らかい土に顔を突っ込んだ。

「…………大丈夫?」
「……………」
「キリークさん?」
動かなくなっちゃったんですけど。
「キリークさんってば。」
「……………ぁ」
「?」

「あほかあぁぁっっ!!」

電光石火、飛び起きたキリークさんの鎌の刃の付け根が、僕の脳天をどやしつけた。
……………痛い。
「キリークさぁあん………鎌でツッこむの、やめてくれない?本気で痛いよそれ。」
「………お前と話してると、調子が狂う。」
キリークさんは頭を抱えた。
「何でこの依頼、受けちまったかな俺は………」
あ、後悔してる。
でも僕、けっこう本気なんだけどな。
優しいんだかコワいんだか、無愛想なんだか面倒見がいいんだかよくわかんない人だけど。
そう、やっとわかった。僕は、このひとが好きになったんだ。
僕が何か言おうとした瞬間。
気味の悪いうなり声が聞こえた。
「えっ!?」
「ウルフの群だ!注意しろ!」
一瞬で立ち直り、キリークさんが臨戦態勢になる。
慌てて武器を構えた僕らを、数匹の大きな四足獣が取り囲んだ。
なるほど、『狼』によく似ている。
ずっと大きいし、分厚い鱗みたいなものがついてるけれど。
「頭をねらえ。背後を取られるなよ!」
キリークさんが警告するのと同時に、狼たちは一斉に飛びかかってきた。

「たああっっ!!」

セイバーを振り抜く。一打めは命中!
二打めはかわされたけど、反撃はうけながせた。

「せいっ!」

今度は成功!
狼は悲鳴をあげて飛び下がる。
追い打ちをかけようとした僕の背後から、もう一頭が飛びかかってきた。
かわしきれずに、僕は自分の身長と同じくらいの獣の全体重をかけたアタックをまともに受けた。
おそろしく硬い爪が、僕の装甲に食い込んだ。
地面に押し倒される。すぐ頭上で、物騒な威嚇の唸りを上げる口が、牙をむくのが見えた。
食いつかれてたまるか。
できるかどうかわからない。しかし、僕は、セイバーをこいつの口にねじこんでやるつもりで、腕を上げようとした。

「うおおっっ!!」

瞬間、裂帛の気合いとともに、ウルフの体が跳ね上がるように両断された。
キリークさんが鎌ですくい上げるように斬り付けたのだ。

深紅の鎌は、赤い残像を引いて、バターでも裂くように大きな獣の体を切り裂いていた。
「仮免、生きてるか?」
「は、はい、何とか!」
僕はウルフの血溜まり(うわ、気持ち悪い)から起きあがった。
「やつらはこっちの背後に回り込む習性がある。つねに正面に対峙するようにしろ。」
僕は頷いた。
「………」
キリークさんは僕の首根っこをつかんで、いきなり放り投げた。
「うわ?」

ばっしゃんっ!

僕は側の小川に、盛大な飛沫を上げて落っこちた。
「返り血をきちんと落としておけ。この先は、もっとヤバい奴らが出る。」
キリークさんの視線が示す先を見ると、そこには森の奥に続く転送装置がおかれていた。
「先に進むぞ。気合いを入れて行け!」
「はいっ!!」
僕は大きく頷いて、転送エリアに踏み込むキリークさんの背中を追いかけた。


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