さーーーーっ・・・・・

灰色の空から、軽いシャワーのように絶え間なく落ちてくる細かい水の粒。
僕はただ、ぽかんとそれを見上げていた。
いきなりずぶ濡れになるほど激しくはなく、しかしとめどなく灰色の高みから注ぐ雫。
「このエリアはな、いつもこうなんだ。この雨が止んでるのを見たやつはいない。」
キリークさんは、ぼそりとつぶやいた。
「これが、雨?」
日差しが遮られるせいだろう、景色はなんだか沈んだ暗い色に見える。
色彩はちゃんとあるのに、世界全部がうつろな灰色になっちゃったように見える。
「例の爆発の影響だって話だがな。オレも詳しくは知らん。」
「……………」
生き物には必要なものなんだろうけど。僕は、なんだかこの雨が好きになれない。

ここは、森に囲まれた丘陵地帯になっているようだ。
僕らの右側はちょっとした崖になっていて、すぐ先に下に続く坂道がある。
正面前方にはゲート、こっちからは開かないらしい。そしてやや左寄り遠くにセントラルドーム。

「爆発があったのに、壊れてるようには見えないねぇ。」
「生存者がいたという話もないが、な。死体すらみつかってないそうだ。どうなってるのやら…な。」
どこか他人事めいた口調で、キリークさんは鎌を構えなおして歩き始めた。
「行くぞ。」
「あっ、はい!」
僕らは、とりあえず右手の坂道を駆け下りた。
水を吸った土は、柔らかくくぼんで足を取る。坂の下のゲートを開いて進むと、濁った池のそばに出た。
「あ!」
観測端末がある。けど、レーザーフェンスが生きていて近づけない。
「どこかそのへんに、スイッチがあるはずだが…。」
キリークさんの言葉に見回すと、左手の池のほとりにスイッチひとつ。
「あったー!」
僕が駆け寄ったとたんに、三カ所ほどの土がぼこぼこ盛り上がり、金色のでかいブーマがわいて出た。
「わわわわわっ!!」
慌てて、三匹の隙間から転がり出て包囲を逃れる。
振り下ろされたかぎ爪が、軟らかい地面を派手にえぐった。
「くらえっ!」
さっき拾ったハンドガンで三連射をたたきこむ。金色ブーマは耳障りな雄叫びをあげたが、まだ倒れない。
あとの二匹が、僕の頭上に爪をふりかざした。
「うひゃぉっ!?」
自分でも意味不明な叫びをあげて、僕は慌てて間合いをとった。
「足を止めるな!走れ!」
キリークさんが駆けてくる。とっさに僕は、獣たちの周りをぐるぐると走り回った。
思った通りだ。三匹の獣は、僕に気をとられてぐるぐる向きを変え始める。
僕は爪に気をつけながら、ちょっぴりづつ、駆けめぐる輪を縮めていった。
やがて、ブーマたちは、狙い通り、下手に爪を振ったらお互いを傷つけるところまでひとまとまりに集まってしまった。
「どけ、仮免!」
「はいいぃっ!!」
あわてて飛び退く。勢い余って足がもつれて、僕はしめった土に顔面からスライディングした。(ああ、格好悪い……)

ざしゅっ!!

キリークさんの鎌は、押しくらまんじゅう状態の金色ブーマたちを一撃で斬り倒した。

僕にはまだ、三匹のブーマ……ええと、こいつらはゴブーマか……を一撃で倒す力も技もない。
でも、キリークさんにはそれができる。
だったら、僕のやるべきことは、キリークさんが充分に力を出せるように、奴らをひとまとめに引きつけることのはずだ。
奴らの爪にかからないように駆け回る事なら、今の僕でもできる。
そう思っての行動だったんだけど……うまくいったみたいだ。
起きあがって見やると、キリークさんは倒れたゴブーマの間に立って、何か奇妙なものを見るように、僕をじっと見ていた。
「お前……」
「はい?」
「お前は……いや、いい。何でもない。」
何か言おうとして途中でやめて、キリークさんはさっき僕がみつけたスイッチを切りに行った。
観測端末は、池の上に作られた桟橋のようなものの先にある。
たぶん、動物が悪戯するのを避けるためだろう。
僕は何も考えずに、開放されたフェンスを越えて桟橋に足を踏み入れた。

桟橋の床は金属でできている。
僕らアンドロイドの足も、金属で覆われている。
雨に濡れた金属は、摩擦が減少している。

ざっばぁん!

たぶんご期待通り、僕は思いっきり足を滑らせて、濁った池にダイビングした。

「わばぼべばっっ!!」
視界を巻きあがった泥が覆い尽くす。
アンドロイドは呼吸しない、故におぼれる危険はない。
ただし、金属と高分子化合物製人工筋肉でできた身体の比重は水より重い。
当然の帰結として、アンドロイドは水に沈む。

古代、アンドロイドを作る技術どころかその発想すらなかった時代。
鎧を着たまま泳ぐ事のできる特殊な泳法が存在したという。
一部のアンドロイドにこの泳法を会得して泳げるものがいると聞いたことはあったけど……
僕は、きっぱりと泳げない。(威張ってどうする)

(沈むー!!)

頭まで水に浸かったこと自体初めてのことだ。
訳がわからなくなって、僕はひたすら水をかき回して暴れた。
いくら溺死しないといっても、沈んでしまうのはいやだった。上がれなかったらどうしよう。水底で動けずに、ゆっくりと朽ちていく………
いっ、嫌だああああ!!
無駄とわかっていても、水をかくのをやめられない。だけど、水の上にどうしても顔を出すことができない…!

「………い。おい!」
誰かの声がする。沈んでいくはずなのに、なぜ聞こえるんだろう……
「おい、仮免!」
あ……キリークさんの声だ。
ごめんなさい……キリークさん。
僕はここでおしまいみたいです。
僕……あなたを尊敬してました。
一度でいい、ちゃんと名前で呼んで欲しかったなぁ……。

げしがっ!

……………痛ひ。

「何をしてるんだ。早く上がれ。」

「え?」

暴れるのをやめたら、手のひらが池の底についた。
顔を上げると、桟橋の上から鎌かついだキリークさんがあきれかえって僕を見ていた。
あ……なーんだ。
ここ、めちゃくちゃ浅いんだ。
起きあがってみると、水は僕の膝あたりまでしかない。
いくら何でも、ここで沈むのは物理的に不可能だ。
「え、ええと………あはははは……。」
一度死を覚悟したことは、黙っていようっと。
僕は桟橋のへりに手をかけて、ずぶ濡れの身体を池から引っ張り上げた。

小雨は、キリークさんのいったとおり、止む気配がない。
空を見ると、かすかに雲の切れ目や青みのさした部分も見られるんだけど。
さっきの端末に残っていたデータは、キリークさんがディスクに保存したが、破損があまりにもひどいらしい。
もらってきた地形マップによると、セントラルドーム敷地内への転送ポイント近くに端末の最後の一つがあるようだ。
僕らはそこを目指して歩いていた。
キリークさんは、時々……いや、頻繁に襲ってくる原住生物を、的確な攻撃で次々と沈めていく。
僕もこの頃には、どうにか自力で戦えるようになってきていた。一撃で倒すのは、到底無理だけど。
アンドロイドの人工筋肉は、人間の体組織同様にその損傷をメイトやテクニックのレスタで修復できる。
さらに、筋肉トレーニングのように、運動によって『鍛え上げる』ことさえできるようになっている。
プログラムも、データの蓄積が増えるにつれて、最大限に効率のよい、より強力なアルゴリズムを編み出していく。
キリークさんの装甲の隙間、黒い外装ごしに盛り上がって見える人工筋肉のうねは、僕のものなど比較にならないほど逞しい。
どれほどの経験が、あのひとをここまで鍛えたのだろう。
僕でも………なれるのだろうか?
あのひとのように強くなって、大切なものを二度と失わないように、護りぬくことができるだろうか。
護りたい。
僕は、キリークさんの背中を見ながら、心からそう思っていた。

道の途中で、僕は奇妙なものを見た。
茶色の大きな柱。何かの遺跡みたいにも見える。
キリークさんが言うには、パイオニア1の人たちが作った記念碑ってことだけど………なんかヘンなんだよな。

このとき、僕は、この星に隠された『もの』の手がかりのすぐ間近にいることに、気づきもしなかったのだ。

丘陵地帯をほぼ横断して、僕らはセントラルドーム敷地に続く転送ゲートのある草原にたどりついた。
転送ゲート自体は、作動中のレーザーフェンスの向こうにあって行くことができない。
ドームに興味はあるんだけど、まずは仕事をしなくちゃあ。
この近くにあるはずの観測機を探すために、僕たちは草原に踏み込んだ。

草原の真ん中あたりまできたとき、それは起こった。
ぴぃっ!
木の上から、黄色い固まりが一つ落ちてきた。
「うわ!」
ラッピーだ。
ひよこペンギンみたいな、ゆうに人間の子供ぐらいの大きさはあるでかい鳥。
可愛い姿をしてるけど、こいつも凶暴化の洗礼(?)は免れてないらしく、強烈なつつき攻撃をかけてくる。
僕はとっさにセイバー(さっき見つけたもので、支給品より若干攻撃力が高いやつ)を引き抜いた。
だけど………
次の瞬間、周りの地面からブーマたちがぼこぼことはい出てくる。さらに、茂みの中からウルフの一群。
キリークさんでさえどうすることもできないうちに、僕らはエネミーの群れのど真ん中にいた。
とっさに、僕はキリークさんと背中合わせになるように位置をとった。
振り下ろされるゴブーマの爪を、セイバーでたたき止める。
背後で、キリークさんは、真っ赤な毛皮のジゴブーマと斬り結んでいるようだ。
「この野郎っっ!」
キリークさん直伝の三連撃。僕のセイバーのフォトンの刃は、ゴブーマの胸を貫いていた。
断末魔の絶叫をあげて、ゴブーマが崩れ落ちる。
そのとき―――雲の隙間を抜けてくるただでさえ薄い日差しが、急にかげった。

どおぉんっ!!

地を揺るがして、何か巨大なものが飛び込んできたのだ。
「え………う、うわあああっっ!?」
僕の身長の三倍はあろうかという化け物。
地面に届きそうな長く太い腕、肩から直に生えているように見える猪首の頭、耳まで裂けたような大口。
ヒルデベア!

「邪魔だ、どいていろっっ!!」

がいいいんっっ!!

キリークさんの雄叫び。ものすごい衝撃が僕のボディを襲った。
キリークさんは鎌を大きく振り回し、柄の途中に僕の身体を引っかけて振り飛ばしたのだ。
僕はエネミーたちの包囲網から放り出され、どこかに頭を強くぶつけた。
姿勢制御が一時的なエラーを出したようだ。立ち上がれない。
「キリークさんっ……!」
ブーマたちやウルフの群れに遮られて、キリークさんの位置がよくわからない。
「ククッ……クハハハハあっ!」
聞き覚えのある笑い声。
ここまでに何度か聞かされた、破壊と殺戮の衝動に身をゆだね、血に酔いしれるキリークさんの笑い声。
狂戦士の伝説。立ちはだかるすべてを叩きつぶし、敵と自らの血潮で身体を染め上げ、自分自身が滅びるまで戦い続けるという………

駄目……だよ、キリークさん………キリークさん………

ヒルデベアが拳をうち下ろす。金属をたたきつける衝撃音が、哄笑を中断させる。しかしすぐに、鋭い刃物が宙を斬る風切音がした。
キリークさんの武器がヒルデベアに手傷を負わせたらしく、耳障りな叫びが聞こえた。
エラーコード修正が終わった。僕は慌てて立ちあがり、セイバー片手にエネミーの群れに走る。
しかし、そのとき。

どぉんっ。

再度の鈍い音、地響き。
僕の頭上に影が落ちる。
「え………?」
唸りをあげて降ってくる巨大な拳。

がづっ!

衝撃。吹き飛ばされる僕の身体。

「キリーコッ!!」

どこか遠くで、僕の名を呼ぶ声を聞いたような気がする。
僕の身体は、衝撃実験用のダミードールか何かのように、何度もぬかるんだ地面を転がって、ようやくとまった。
仰向けになった僕の視界――泥まみれのアイセンサーがかろうじて映し出す――のなかで、二匹目のヒルデベアは、大股に僕に近づいてもういちど拳をふりあげた。

ボクハ、ココデ、コワサレルノ?

ボクハ、死ヌノ?

イヤ………だ。

死にたくなんか、ない。

死んで、たまるか。

「うおあああああああっっっ!!!」

僕は、飛び起きるやいなや、振り下ろされる拳に向かって、セイバーを構えてつっこんだ。
ヒルデベアの拳に、フォトンの刃がくいこんだ。

「死んで、たまるかあああっっっ!!」

グアアアアッッ!!

「こんちくしょお!!これでも、くらええええっっっ!!」

拳を大きく裂かれて絶叫するヒルデベアの懐に飛び込んで、僕はセイバーを突き立てた。
絶叫するヒルデベア。振り飛ばされないようにしがみつき、グリップの根本についているカバーを引きはがす。
セイバーの動力部分をむき出しにして、僕はフォトン制御装置のリミッターをむしり取った。
安全装置を失ったセイバーは、瞬間だが、通常あり得ないサイズまでフォトンの刃を増大させる。
僕の位置からは見えないが、恐らく刃の先端はやつの背中に抜けただろう。
僕はヒルデベアの胸を蹴って、後ろに飛び下がった。
次の瞬間、ヒルデベアの胸に残されていたセイバーは、制御を失い暴走、爆発を起こす。
胸に大穴をあけて、巨大な獣は地響きをたてて仰向けに倒れ、動かなくなった。

「は……はは………あはは……」
何で笑っているんだろう。別におもしろいわけじゃないのに。
壊される……殺される、という実感と、死にたくないという心底からの思い。
助けられるのではなくて、自らつかみ取った、今生きている自分自身。
アンドロイドの『魂』、プログラムの『心』。
つくりものといわれればそのとおりなのだろうけれど。
でも………生き延びた、という実感、安堵感。そうとしかいえない、『感情』。
僕は………たぶん初めて、生きて存在しているそのこと自体の喜びを感じていたんだと思う。
泥まみれで座り込んだ僕の前に、なにかがさし出された。
アイセンサーの泥を拭い取ってみると、キリークさんが僕に手をさしのべていた。

「がんばったな。根性、見せてもらったぞ、新米。」

僕は、キリークさんの手を掴んで、立ちあがった。
少し離れたところに、最後の観測装置が設置されているのが、見えた。


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