The soul of the blade


「…来るな、ソラ…!」
その部屋に足を踏み入れたとき、私の耳を打ったのはその声だった。
『遺跡』の深部。
総督府の依頼で、親友のキリーコとともに異変の調査にやってきた私は、思いがけない人物と再会した。
アッシュ・カナン。私の初めての仕事で出会ったハンターのお兄さん。
「あれから、あんたの背中を守れるくらいになるってのを目標にしてたからさ。」
そういってくれた彼。私と同様の志を持って、ずっと頑張っていたのか…なんだか、うれしかった。
協力して調査を行い、再会を約束して別れたその後。
私は奇妙な感覚にとらわれたのだ。
予感……とは少し違う。予知、でもない。
私の師匠は「おまえさんには特殊な『五感』…通常のそれに重なった特別な感覚がある」と言っていた。
それはときたま私を訪れる。
私は迷わず、ついさっき別れた彼の後を追いかけた。
そして……見た。彼が朱に染まって、冷たい床に伏す姿を。
「兄
(あん)ちゃんっ!?」
私の背後でキリーコが息を呑む…いや、ヒューキャストの彼は呼吸はしない、しかしちょうどそれに相当する気配がする。
私も同じだった。部屋の中にはもう一人、アッシュの血をまとわせた武器を片手にたたずむ姿があった。
私はそのひとを知っていた。キリーコも。
なぜ……なぜ、あなたがアッシュを!?
「… ヤツだ…何かに とりつかれているとしか思えない…!」
アッシュは呻く。
私たちは、ゆっくりとアッシュのもとに近づいた。そのひとから目を離さぬように。
致命傷ではない。しかし、浅い傷だとはお世辞にも言えない。
レスタの詠唱に入ろうとしたとき、そのひとは私を見た。

「見ツケた…みつ…」
抑揚のない声が、低く呟く。
私には聞こえた。同じ言葉を、同じ声で、二つの存在が同時に話している。
「先輩……」
「オマえを…コ…ロ…  ク ラ…う … オま エ ヲ ク… 」
「キリーク先輩…!」

わかっていた。これは先輩であって、同時に先輩ではない……先輩ではなくなろうとしている。
以前扱った依頼の中にあった、これによく似たケースを、私は思いだしていた。
私はキリーコにスターアトマイザーを渡し、キリーク先輩の方に数歩近づいた。
「ソラねーちゃん…」
「アッシュさんをお願い。……先輩!キリーク先輩!駄目だよ、しっかりして!」
先輩は私を見た。
もし…少しだけ自惚れる事が許されるなら、一瞬だけ、先輩の中の異質な何かが退いたように見えた……だが。

「ア…ガ…ァ… ウヴァァ…!!!」

キリーク先輩は頭を抱えて、断末魔にも似た絶叫を上げた。
次の瞬間、私は手にしていたレールガンの銃身で、先輩の鎌の刃を受け止めていた。
「先輩ッッ!!」
私は叫んだ。しかし既に、先輩には…先輩自身の意識には、私の声は届かなくなっていた。
先輩は凄まじい打ち込みをかけてくる。
私は受けきれずに床にたたきつけられた。
手の中の銃が、勢い余ってキリーコのそばに転がっていった。
「ねーちゃんッ!」
キリーコが叫ぶのと、先輩が頭上から鎌を振り下ろすのが同時だった。

ぎゃりいいぃぃん!!

私は先輩の鎌を、もう一つの武器で受け止めていた。
〈ウェポンズ〉秘伝の武器、フライパン。
その金属製の『武器』は、傷つきさえせずに鋭いフォトンの刃から私を護ってくれていた。

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「クロエに会いたいよぉ。もう帰るぅ!」
泣き声を上げて、白い服のニューマンの少女は光のゲートに飛び込んだ。
「やれやれ……」
私は思いきり溜息をつく。
年齢不相応に子供っぽい……私もよく言われるけれど……あの子は悪い意味で子供のままだ。
それを騙して利用するチンピラどもはもっと悪いけれどね。
さっき出会った奴ら、やっぱ二、三発ぼてくっときゃーよかった。……ったく。
結局、世の中なめとんのかいあんたは!といいたくなるよーな不良娘のお尻をひっぱたく依頼だったわけだけど。
あの妹さんもたいへんだわ。
なんだかやたらとくたびれて、私は町にもどりかけ…
ふと気づいて携帯端末のレーダーを見た。
奴らの居残りでもいたら、叩いておかないと後々やっかいかもしれないし。アフターサービスってやつね。
「…………。」
この先に一人居るよオイ。
「潰しとくか。」
モノフルイドで気力を回復しておいて、私は浅く水のたまった岩の床を奥に進んだ。
程なく薄暗い通路と小部屋を通り越し、反応のある部屋の前にたどり着いた。
入り口にしつらえられた隔壁が軽い音を立てて開く。
私は一歩踏み入れて………そのまま立ちすくんだ。
部屋の中には、私が予想だにしていなかったひとがいた。
均整のとれた逞しい長身、それを覆う暗紫の金属外皮。片手に無造作に下げた、長柄の深紅の鎌。

「久しぶりだな……ソラ……あれから少しは強くなったか…?」

私は何も言えなかった。ただ、半ば麻痺した頭で彼をみつめていた。
何か言いたい。でも、言葉が出ない。
私の沈黙をどう取ったのか、そのひとは続ける。

「覚えてはいないか……?オレの名はキリーク……」

忘れるものですか。一日だってあなたのことを忘れたりするものですか。
声がのどに詰まる。何か言いたいのに。先輩。キリーク先輩。大好きな先輩。
わたし……少しは、強くなったつもりですよ。ソラちゃん、頑張ったんですよ。

「そして、もう一つの名を〈黒い猟犬〉という……」

…………は?

「上からお前を消せとの指令を受けた……」

………何……言ってるの?〈黒い猟犬〉?何それ?

「前より少しは美味くなっているんだろうな……?」

上?指令?何のこと?

ックックックククク。

先輩は笑った。背筋の寒くなるような笑い方。覚えがある。獲物を前にした時のあの笑い方。
あの日、別れ際に、「強くなれ」の言葉とともに、少しだけ私に見せた笑み。
あのとき…私にはなんとなく、ある予感があったけれど。

「安心しろ!魂まで食らってやるぞ、ソラ!」

先輩……!

ぎゃりいいぃぃん!!

もの凄い音が、さして広くない部屋の岩の壁に反響する。

「何?」

私は今回持ち込んだ武器で、先輩の振り下ろした鎌をくいとめていた。

「秘密結社…ウェポンズの……影の首領に拝謁して直々に拝領した……伝説の武器……〈フライパン〉。」
私は歯の間から絞り出すように呻いた。
「先輩……覚悟は…してました……再会したら、戦いを挑まれるだろうって。
だけど……上の人?命令?これは…他の誰かの思惑なんですか?」

涙があふれた。
怖かったからじゃない。先輩が殺し屋だったからでもない。

「何故です…何故ご自分の意志で来てくださらなかったんですかっっ!?」
力任せ……というよりは、気合いだけで鎌を押し戻す。
「うああああっっ!!」
喉を限りに叫んで、私は打ちかかった。

がん、がぃん!

フォトンを持たない金属製の武器が、先輩の胸板に打ち当たる。
連続攻撃の三発目を、鎌の柄で阻まれた。
打ち返してくる三連打を受けきれずに、私は床にたたきつけられた。
飛び起きて、バックステップ。
フォトンの刃が私の腕をかすった。


打ち込む。打ち返される。防御して、さらに打ち込む。
何度もたたきつけられ、そのたびに体力が削がれる。
かわしきれない斬撃が、浅い切り傷をあちこちに刻みつける。

キリーク先輩……〈黒い猟犬〉。

覚悟はしていたんだ。だけど、だけど……

こんなの、嫌だ!

「先輩の………
先輩の、バカ―――――っっ!!」

「ぐあああっ!?」

室内を、蜘蛛の糸のように光の糸が乱舞する。
私は渾身のラゾンデ……雷撃の魔法を解き放った。
鎌を振り抜いた姿勢のままで、先輩が硬直する。
帯電状態。私が狙ったのは、ダメージよりもこれだった。
ちょっと…やりすぎたかもしれないけど。
「たあぁぁっ!!」

ぱぁんっ!

無防備な先輩の顔面に、私のフライパンがまともにぶちあたった。

「クッ……クククク………」
硬直が解けるやいなや、先輩は笑い出した。
「ウレシイな。ウレシイぞ。
こんなに美味くなるとは想像もしていなかった……
あの時に食らってなくて、本当に良かったと思うぞ。」
武器を下げて、先輩は低く笑い続ける。
私は息を切らせて、ただそれを聞いていた。
激情に任せて、後先考えずに全力を出してしまった。これ以上動けない。
手の中の武器が、やたらと重かった。
もし…今、先輩が鎌を振ったら、よけも受けもできないだろう。一撃で、死ぬ。
「感謝している……」

………?

「あの男はパイオニア1で屍となったが……
おまえのような奴にまた出会えるとはな………!」

………『あの男』……?
………誰………?………何を………言っているの………?

「まだだ……まだ早い………」

…………?……………

目眩がする。周りがよくみえない。
遠ざかりかける意識の中で、先輩の気配が去っていくのがわかった。

ころさ……ないの………?……キリーク………先輩……?

どのくらいたったか、よく覚えていない。
気を取り直したとき、私は一人でへたりこんでいた。
やけにふらつく足を踏みしめて立ち上がろうとして、足下の血溜まりに気がついた。
防護服の右腕がざっくり裂けていた。
かすっただけと思った先輩の鎌の刃は、私の利き腕にそこそこ深い裂傷を作っていたのだ。
ああ……このせいか。
私は深手を負った腕で、お構いなしにフライパン振り回していたらしい。
痛みを感じなかったので、かすり傷だと思っていたのだ。
まあ、レスタででもメイトででも、跡も残さずにふさがるだろう。
「先輩……」
呟いて、傷を押さえる。
そのときになって、ようやく傷が痛み始めた。
「い……痛いや……えへ……変だな……今になって……痛い……痛いよぉ……」
もっと深い傷を負ったことなど珍しくもない。それなのに、この傷たった一つが、今まで受けたどんな傷よりも痛かった。

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「ソラねーちゃん!」
「アッシュを護ってて!」
ソラ姉ちゃんは叫んで跳ね起きた。僕はとっさに姉ちゃんの銃を拾って、キリークさんに向けて構えた。
「キリーコ、撃つな!」
ソラ姉ちゃんは斬撃を受け止めながら叫んだ。
「撃ったら…一生、恨むからね!」
「う…撃てないよぉっ!!」
手がふるえる。撃てっこない。僕がキリークさんを撃てるわけないじゃないか。
「キリークさん…キリーク兄
(あん)ちゃんっ!!やめてよ、どうしちまったんだよぉ!!」
必死でさけぶ。僕の声は泣声になっていただろう。
何となく、判ってはいた。調査の間に出会ったハンターズのみんなが脳裏に浮かぶ。
でも、認めたくなかった。
キリークさんが…僕の英雄が。

がん!きぃん!!びひゅぅっ!

武器と武器が打ち合う音、フォトンの刃が宙を切る風切音。


「キリークさん、頼むよ、もうやめてよおおっっ!!
それはソラねーちゃんなんだよ、判らないのッ?」

嫌だ………嫌だよぉっ!!
あそこにいるのが、みんなを乗っ取った『何か』だなんて。
「キリークさあぁぁんッッ!!」


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