『続・ラグオルの大地主』PART-1


 パイオニア2、ハンターズギルド。
 探索依頼や厄介ごとを抱えた多様な人物と、仕事を探すハンターズでいつも混雑している受付に、その日はせっぱ詰まった表情の若い男がへばりついていた。
「すみません、私の依頼の件で、請負の方はまだ……?」
「申し訳ありません。現在、お客様のご依頼の請負申請はまだ提出されておりません。」
 今朝から十数回に及ぶ全く同じやりとりに、受付嬢も青年に同情の眼を向ける。
 身なり賤しからぬ青年は、絶望的に頭を抱えて叫んだ。
「ああ、どうか、誰でもいい!私の父を連れ戻してくれえええ!!」



「邪魔をする。」
 ハンターズエリアの一画、防具屋のカウンターの前でキリークは店主に声をかけた。
「ああ、旦那。いらっしゃいませ。例のモノね、上がってますよ。」
 愛想よく応じて、店主はカウンターの下から三つの包みを取り出した。
「サイアーマーS4、三セット。品質も最高級ですぜ。えーと、ヒューキャスト用調整費が………と、アジャストが規格外ですんでこっちが…………」
 頷いて店主の言い値で代価を支払い、キリークは背後で壁掛けディスプレイの画像に見入っている子供達を呼びつける。
「わあ、ぴかぴかのヨロイだあ!ぱぱありがとお!」
「ぱぱ、いいの?たかかったんじゃないの?」
「子供がいらん遠慮をするんじゃない(苦笑)。さ、ついでにここで『着替え』てしまえ。あぁ、あとでギルドに顔を出すからな。」
「はああい!」
 我がちにアーマー抱えて試着室に駆け込む子供達を見送りつつ、キリークはもう一度背後に声を投げかけた。
「………久しぶりだな。」

「………お久しぶりです、キリークさん。」
 その人物は、影が滑るように入り口のドアの後ろから進み出た。
「遺跡の一件以来か。元気にしていたか?」
「………はい。」
 まだ若いそのハンターズは、どこか沈痛な表情で頷いた。
 年齢に見合わぬ隙のない動作や周囲に配る視線、身にまとう雰囲気はその人物が幾多の死線をくぐり抜け、心身ともに厳しい体験を積んできた高レベル認定保持者であることを示している。
「せんぱ………いえ、キリークさんもお元気そうで何よりです。」
 感情を抑えた丁寧な口調に、首を傾げるキリーク。
「先輩とは、もう呼んでもらえんのかな?淋しいことだ。」
 目を見張る若者。
「あの……いいんですか?先輩とお呼びして………いいんですか!?」
 キリークが頷くと、若者は顔をくしゃくしゃに歪ませて頭を下げた。
「あ……ありがとうございますっ!」

「ぱぱあ。お着替え、おわったよー。」
「あれ、このひと、だれ?」
「どしたの?なきそーなお顔してるよ?」
 わらわらと試着室から出てきたチビ達が、めざとく若者を見つけて取り囲む。
「あー、まあ、俺の古い知り合いだ。
 お前達、しばらくその辺で遊んでこい。ハンターズエリアから出るんじゃないぞ。」
 言いながら、キリークは子供達にいくばくかのメセタを渡す。
「あとで忘れずに、消費アイテムの補充をしておけ。」
「はーいっ!」
 手に手にメセタを握りしめ、思い思いに駆けていくチビ兄弟。
「先輩、あの子たちが?」
「うむ。俺の息子達だ。―――――可愛いだろう?」
「は、はい………あの、先輩、脳がとけたよーな声してましたよ、今(汗)。」



「もうお会いできないと思ってました。」
 連れだって店を出ながら、『後輩』はぽつりと洩らした。
「ん?」
「私にはお会いする資格はない、そう思ってたんです。私は………先輩を」
「俺を救う為だった。」
 『後輩』は悲しげにかぶりを振る。
「打ち込んだ瞬間は、もう、駄目なんだって思ってたんです。
 あのまま、意識―――先輩の本質、魂を闇に喰らわれて、抜け殻の身体が誰かに破壊されるまで人殺しを続けるくらいなら。
 なら、せめて目をかけていただいていた私の手で眠らせてあげるのが……それがせめてもの供養だ、って。
 今でも………あのときの手応えが、この手に残ってます………。」
「かすかに……な、憶えている。あのとき俺の前に、お前が立っていたのを。
 今にして思えば、どこの馬の骨ともわからん奴の手にかかるよりはよほどマシだったな。
 その上おまえがそうまで思っていてくれたなら、俺としては恨んだりしたら罰が当たる、てとこだ。
 結果論かもしれんが、いまこうしていられるのはお前のおかげだ。だから、気に病むな。」
「ぜん゛ぱい゛ぃ゛ぃ゛〜〜〜(感涙)」
「……う゛、いかん。場所を変えるぞ。」
 言いながらキリークは、行く先の路傍で不気味に笑いながらどっかのハンターが持っていたシノワの腕を一心不乱に加工しているモンタギューに見つからないよう、『後輩』の腕を引っ張った。



「どーもアイツは苦手だ。新しい人生と息子を授かった恩はあるのだが………。」
 ハンターズエリアの片隅のベンチに腰掛けて、キリークはぼやく。
「いい人ですよ。確かにかなりキョーレツな御仁ですけど。」
 言いながら、『後輩』はキリークにアンドロイド用の生体パーツ恒常性維持剤(人間で言うスポーツドリンクに該当するもの)の入った飲料パックを渡した。
 キリークの隣に腰を下ろして自分の飲料パックを開けながら、くすくす笑う。
「これまでゆっくりお話しする機会ってなかったですけど……先輩、明るくなられましたね。」
「そうか?」
「それに、以前は抜き身の刃物みたいに殺気バリバリだったのに、随分落ち着かれましたよ。
 やっぱりご家族を持たれると変わるものなんでしょうかねえ。」
「戦闘アンドロイドにふさわしからぬ性格になりつつあるのかもしれんな(苦笑)。」
 飲料パックの中身を『飲み』ながら、キリークは『後輩』に黄色いアイセンサーをむける。

 戦闘アンドロイド。
 誰よりも戦いを好み、誰よりも強さを求め………『黒い猟犬』と恐れられた自分。
 常により強い者………自分の生命を脅かしうる者を求めてきた。
 己がより強くある為の踏み台とするために。
 極限の戦いを経てのみ得られる、生き延びる快楽を貪る為に。
 いや、敗北すらも厭わない。
 その瞬間まで、己の限界まで戦い得たなら、生命が砕け去ろうとも構わない。
 戦うことこそが己の生。そして快楽。戦えぬ生は、生ではなかった。

 そして、あの日出逢った。
 自分に最高の快楽をもたらすであろう者に。
 成長したこれと戦い、屠る時。あるいは己が屠られる時。
 その瞬間は、どれほどの快楽を自分にもたらすことか。思うだけで恍惚としたものだった。

 けれど。
 そいつはこれまでの獲物とは違っていた。
 己の正体を突きつけて、食らいつくすと宣告してやったのに、それでも自分を先輩と呼び続けた。
 怒りでも恨みでもなく、哀しみをもって自分を見ていた瞳。
 憎しみでなく、自分の生き様に、真剣に向き合い敬意をもって立ち向かってきた。
 そして…………

「先輩、どうかなさったんですか?」
 気づくと、キリークは『後輩』の顔を見ながら物思いに耽っていた。
「いや、何でもない。……………お前と剣を交えることはもうないのだろうな、とな。」
 こいつが望むとは思えないし、応じてくれたとしてもDFさえ退けたという(おおやけにはなっていないが、モンタギューがどこかから聞き出してきた)こいつに勝てはすまい。
 そもそも既にこいつを殺したいとは思っていないし、もう自分には戦って死ぬ快楽より大事なモノがある。
「………先輩がどーしても戦いたいなら、わたくしでよければお相手しますが。」
 意外なことを言ってきた。
「でも、殺し合いはお断りですからね。
 お互い切磋琢磨のためのバトルなら、まじめにお相手させていただきます。
 そーでなかったら逃げます(きっぱり)。」
「まあ………お前らしいんだろうな、それは(苦笑)。」
 ベンチの背もたれに寄りかかり、空(といってもこの階層の天井だが)を見上げる。
 ゆったりと過ぎてゆく時間に身をゆだねる心地よさ。
 以前のキリークには知るよしもなかったものだった。
 しかし、感慨にふける時間はあまりにも短かった。
「ぱぱああああ!!」
 イーニィとミーニィがやけにあわてて駆けてくる。
「キリーク、ここにいたのか!……と、あんたは……久しぶりだな、あんたも一緒だったのか。」
 すぐ後から、これも血相を変えたアッシュ・カナン。
「何かあったのか?」
 混乱して意味をなさない事を叫び立てる息子二人を抱きとめながらキリークは……………

 ふたり!?

「マイニィが一人で依頼うけて、ラグオルに降りちまったらしい。」

 AIが言葉の意味を理解するのにきっかり3秒かかった。

「な・ん・だ・とおおおおおお!?」
「それはいかんな。で、アッシュくん、それはいつ頃のことかな?」
「ええと、俺が話を聞いたのが……………」
「ちょとまて、モンタギュー。」
 キリークは剣呑な目つきで突然割り込んできたニューマン科学者を睨め付ける。
「貴様、いつからベンチの下にひそんでいたあああああ?」
 叫ぶやいなやベンチごと蹴り砕かんと放った必殺の前蹴りを、(半ば予想がついてはいたが)のひょろとかわすモンタギューであった。


「依頼ってのは、例のラクトン親父さんのアレなんだそうだ。」
 ハンターズギルドのロビーで、アッシュはとりあえずキリークに事情説明を始める。
 他にロビーにいるのは何人かのハンターズとうろたえたラクトンの息子、モンタギュー、イーニィ、ミーニィ、『後輩』。
「らくとん?」
「あ、先輩はご存じないですか。
 パイオニア2が此処について以来、いい土地を早いモノ勝ちでゲットするんだってラグオルに降りる常習犯です。」
 『後輩』が補足する。アッシュは頷いて続けた。
「一応若い頃取ったハンター資格があるらしくてな。ま、殆どペーパーハンターで、ギルドの仕事は全くやってないみたいだけど。
 で、その都度この息子さんが捜索依頼を出すんだが……………。
 ご本人の前だが、ぶっちゃけた話、あの親父さん評判よくないんだよ。
 連れ戻しに来たハンターズに無理難題やワガママをふっかけて、戻るまでが一苦労だってんでさ。
 最近では受けたがる奴を探す方が大変なぐらいなんだ。」
「こ、今回は、朝一番で提出した依頼をだれも請け負ってくれませんで……………
 その、お子さんが受けて下さるというのでつい、わらにもすがる気持ちで……………も、申し訳ありませんっ!」
 キリークに怯えながら頭を下げる依頼人。
「いや、きみのせいじゃないだろう。
 ハンターズの依頼請負は本人の意思が優先されるのが原則だし、確かにあの子は正規の資格保持者なんだからね。」
 冷静に言うモンタギュー。
 彼の言うとおり、本人の以来請負の意志が確かなら、オペレーターにも周囲のハンターズにも強引に止める権限はない。
「まあ、今回はそれが裏目に出たってわけだが。」
「…………………………」
 しばらく前から、フリーズしたように固まりっぱなしのキリーク。
「まあ、エリア1のノーマルエリアならあの子ひとりでも大丈夫だろう。
 エリア2では最近ヒルデベアの遭遇報告が増えてるって聞くけどね。」
 とたんに、ラクトンの息子がざあっと青ざめる。
「あ、あの……………もしかすると、父はそっちまで入り込んでいるかもしれません!
 以前ドーム周辺の火災のときに、こっそり降りてたのを見つかったことが……………」
「何だって?」
「む……………息子よぅををををををおおお!!」
 唐突にフリーズから復帰したキリークが、音声回路の限界オーバーした大声を上げる。
 驚く皆に目もくれず、ソウルイーターを起動して駆けだした。
「今俺が行くからなあああ!!」
「いかん、止めたまえ!」
 モンタギューが珍しく切迫した声を上げる。
「まてキリーク!!」
 慌てて背中にしがみつくアッシュ。
「落ち着け!エネミーと一緒におっさんまでぶった斬るつもりかぁあ!!」
「ええい放せ放さんかアッシュ!」
「だから、バニッシュモードはやめろおおおおお!!!」
「先輩ごめんなさいっ!!」
 
すこおおおおおん!!
「ぐはっっ!!」
『後輩』の絶叫、快音とともに床に突っ伏すキリーク。
「わあ、ぱぱ!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 頭を抱えてのたうち回るキリーク。よほど痛かったらしい。
「あ!すいません、クリティカルで入っちゃいましたか!?(汗)」
「ぬおおおお、息子よおお……………!」
 しぶとく床から身を引きはがすように立ちあがろうともがくキリークに、モンタギューはやれやれと首を振ってかがみ込み、耳元になにかぼそりと囁く。
「……………はうっ。」
 ぱた。
「……………これでしばらくはもつだろう。」
 足下で完璧に果てているキリークを見下ろしながら言い、念のためにイーター取り上げながらモンタギューはアッシュに目を移す。
「とりあえず捜しにいってくれるかい?
 見つかったら〈BEE〉で連絡と、リューカー出してくれたまえ。」
「わかった、任せろ!」
 アッシュは落とした愛剣を拾い上げ、慌てて転送装置に駆けていった。
「私も!」
「あ、君は此処にいて。
 キリークが復活したら、腕ずくで止められそうなの君だけだから。」
 走り出しそうになった『後輩』を引き留めるモンタギュー。
 頷いて、『後輩』は科学者に一つの疑問を投げかける。
「どうやって先輩を止めたんです?」
「いや、必殺のジョークを一つ。聞きたいかい?」
「……………遠慮しときます。」


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