『続・ラグオルの大地主』PART-2


「ワシャ、かえらんぞ。」
 マイニィと出逢ったラクトンの第一声はそれだった。
「…………………………」
 ラグオル森エリア2。たれ込める雲の隙間から僅かに差し込む日射し、止むことなく落ちてくる雨。
 ちっちゃなヒューキャストが捜し当てたモヒカン頭の中年ハンターは、両手一杯になにやら抱え込みつつ駄々をこねる。
「でも、おぢちゃん。おにーちゃん(注:ラクトンの息子)がいってたよ。
 『トチノショユーケン(土地の所有権)』てのは、かってにセンゲン(宣言)してもユウコウ(有効)にはならない、って。」
「んなこたぁもう分かっとるわい。
 なんというたかの、ヤバイ化け物がいなくなって、ようやく土地の分譲が始まるかと思いきや、未だにハンターズと一部の調査員しか降りられん。
 このままではこの前の大損を回収できんのじゃよ。
 なんぞ金目のモノでも見つけて、早急に損害の穴を埋めねばならんのだ。
 ちょうどいいわい、お前さんも手伝え。
 そこらで拾える武器防具やガラクタでも、まとめて売りさばけばちっとは足しになるじゃろうからな。まぁ、余分な仕事ぶんの小遣いぐらいはやるわい。」
 と、いうわけで、強引にアイテム回収のお供をさせられるマイニィであった。
「ったく、ガロンとかいうたか、あのへたれ商人め。なーにがもうけ話じゃ。」
 ぶつくさぶつくさ、アイテムコンテナがないかと見回しつつラクトンはぼやき続ける。
 もともと独り言で文句いいつつここまで来たらしいが、マイニィという聞き役ができたことで更に口数が増えたようだ。
「絶対確実に儲かる、とかなんとか自信たっぷりに言いおるから投資してやったのに、結局丸損じゃった。
 なんか所属してた商人組織が破産しただか潰れただか、今更言い訳しおって………(ぶつくさぶつくさ)。」
 勿論マイニィが聞いているか理解しているかなどはどうでもよく、とにかく誰かに文句いえればいいようだ。
 普通、戦闘や調査の際動きを制限されないように、ラグオルに降りる者はアイテムパックに入る以上の持ち物は所持しないものである。
 ラクトンはその原則を無視して、両手一杯に拾得物を抱え込んでいる。当然既にアイテムパックは一杯だ。
「おぢちゃん、もちきれないほどもってると、あぶないよ?」
「なに、いざとなったらお前さんがおるからの。頼りにしとるぞ、うん。」
 戦闘はおもっきし任せるつもりらしい。
「それに、今日はなんだか原生動物をほとんど見かけんのじゃよ。戦闘しなくてすむなら気にすることもなかろ、うん?」
 お気楽にいいながら、ちょうど見つけたコンテナを蹴り開ける。
「お、スターアトマイザーじゃ。こちらは……おお、大物のメセタではないか。ついとるのお。」
 ほくほくと、回復薬と金色の結晶体をかかえこむラクトン。
「さーぁ、この調子でどんどん行くぞい!目指せ明日のリッチマンライフ!じゃぞい!」
 だんだん調子づいてきたらしい。意気揚々と、ラクトンは次のコンテナ目指して歩き出す。その後を慌てて追いかけるマイニィ。
「おぢちゃんってば、そろそろやめときなよお。」
 やがて二人は、濁った広い池のある広場にたどり着いた。立地的にはこの森エリア2の中心部にあたる。
「おーい。」
「………ん?」
「おーい。」
「………今なんかいったかの、チビ公?」
「僕じゃないよ?」
「おーい、ここだよ、ここ。」
「………?…………!きゃああああ!!」
 きょろきょろしていたマイニィが、声の元をみつけて悲鳴を上げる。
「なんじゃぞい………うお!!」
 マイニィの視線をたどったラクトンも、それを見て思わずのけぞった。
「やあ、こんにちは。」
 池のほとりの泥の上に、金色のヒューキャストの首だけがちょこんと鎮座してこちらを見ていた。
「お………おにーちゃん、身体はどーしたのっ!?」
 怯えた口調でマイニィが問いかける。
「あー、いや、ここにあるんだが。そうたびたびバラバラは御免だよ。」
 苦笑を含んだ声音で意味不明な発言をするヒューキャスト。
「ここ、泥がやたらと深くてね。ハマって抜けられないんだ。手伝ってくれないかい?」
 よっこいしょ、と泥細工のようになった手首から先がどうにか突き出される。慌てて飛びつくマイニィ。
「おぢちゃん、手伝って!!」
「え〜〜〜〜〜?」
 最初渋っていたラクトンだったが、結局渋々と抱えていたモノをおろし、ヒューキャストの片手を掴んだ。

「いや、ありがとう、助かったよ。」
 引き上げられたヒューキャストはやたらと馴染みやすい口調で礼を言う。
「よかったね、おにーちゃん。」
「おかげでこっちも泥んこじゃわい。」
 ぶつくさ言いつつ、地面の荷物をなくなっていないかと確かめるラクトン。
「誠意なら言葉よりモノで欲しいとこじゃがな(ぶつぶつ)。」
「御礼をしたいのは山々なんだが、調査に金はもってこないし、アイテムパックは泥の中だしなあ。
 パイオニアに戻るまで貸し、って事にしてくれないか?
 ああ、俺はライオネル。ちゃんとハンターズ資格も持ってるし。」
 言いながら、ヒューキャストは胸のIDプレートから泥を拭おうとする。
「おにーちゃん、とりあえず池でどろんこ落としたら?浅いんでしょ、この池。」
「そうするか。」
 マイニィの言葉に頷き、また泥にはまってはかなわないと、やや離れた場所から池に踏み込むライオネル。
 どぼん。
「わぶっ!?」
「あああ。おにーちゃん、また深いとこにはまっちゃったよおお!?」
「なーにをやっとるんじゃ、あの間抜け者!」
 殆どの場所が膝までしかないような池で、狙ったようにそこだけ深い裂け目になった場所にはまったライオネルに、慌てて駆け寄るマイニィとあきれて見つめるモヒカンハンターであった。

「………いや、かえすがえすもありがとう。」
 泥は落ちたが濡れ鼠になったヒューキャストは、頭かきかき礼を言う。
「まあええ、これも貸しにしとくわい。」
 嘯
(うそぶ)くラクトン。
「おにーちゃんって、なにげにツイてないとか?」
「うーん、皆さん何故かそう言うんだよね。」
 小首傾げるマイニィに、ちょっと困ったようなライオネル。
「とりあえず装備を整えに戻らなくては。防具以外あらかた池の底だよ、とほほ。」
 情けなさそうに、データ収集装置を仕込んだ腕の携帯端末を見下ろす。
「やれやれ、こいつだけは無事か………。」
「テレパイプが入り用かの?」
 ラクトンが雑多なアイテムの中から簡易テレポーターを引っ張り出す。
「安心せい、ツケにしとくわ。」
 礼を言いつつ、金色のヒューキャストはテレパイプを近くの地面に投げつけて起動した。
「おぢちゃん、僕らもかえろうよ。」
「いやいや、もう少し金目のモノを探してからじゃの。こ奴の身元ははっきりしとるんじゃ、ツケの回収はあとでもいいわ。
 稼ぎ時には稼げるだけ稼ぐ。これは我が家の家訓での、金を貯める鉄則じゃぞ。」
 ひょひょひょ、と笑いながら、ラクトンはアイテムとメセタの換金額を計算している。
「まあ………無理に止める権限はないけどね。
 俺の調査は、ヒルデベアの生息状況調査だったんだよ。最近この辺で目撃例が多くてね。
 どうやら何かの理由で、かなりの数が移動して来ているらしいんだ。
 今日はまだ遭遇しないんだが、この先はまだ調べてないから、行くなら充分注意したほうがいいよ?」
「うむうむ。ご忠告いたみいるぞい。
 だがのお、これでウチに帰ると、息子がうるさいしまた出てくるのが一苦労なんじゃよ。
 さあ、気合いを入れて探すぞい、チビ公よ!」
 大荷物を両手に抱え、立ちあがる中年男。
「このゲートはしばらく残るようにしておくから、必要なら使ってくれたまえ。じゃ、本当に気を付けてね。」
 気がかりそうに小さなマイニィを一瞥してから、ライオネルの姿は光の柱の中に消えていった。
「さあ行くぞ。だいぶ時間を喰ってしまったでの。
 上質の鎧でも出ればかなりの儲けになるんじゃがのお………」
 ライオネルの忠告も、どの程度耳に入っているのかわからないラクトンだった。



 PiPiPi……
 カウンターの隅に置かれていた〈BEE〉システムの受信装置が軽い着信音を立てる。
「!!!!!!」
 少し離れた壁際のソファにめり込んで頭を抱えていたキリークが、まさに獲物に飛びかかる猟犬のごとくそれに飛びつく………が、カウンターに肩肘ついて待機していたモンタギューが装置をひっつかむ方が、一瞬だけ早かった。
 ごめぎゃっ!!
 勢い余ってカウンターの縁に激突し、ずりずりと沈没してゆく長身のヒューキャストを後目に、ニューマンの科学者はシステムの回線を開く。
「アッシュ君か。どうだね、見つかったかい?」
『いや、エリア1には見あたらない。今エリア2に入ったとこだ。引き続き捜索を続ける。以上。』
「……だそうだ。大丈夫かい、キリーク?あまり焦らないほうがいいよ。」
「………………」
 ぶつけた顔面を片手でおさえつつ、ゆらりと立ちあがるキリーク。
「………俺は………」
 ぼそぼそとした口調で呟き始める。
「『仕事』の為に三日三晩雨風と夜露にさらされて標的を待ち伏せたことがある。
 洞窟の、いつエネミーが出てもおかしくない光源もない部屋で、いつ来るかも判らん相手を待ち続けたことだってある。
 その俺が………。
 正直に言おう、モンタギュー。俺は………恐ろしいのだ。
 ここにこうしてただ待ち続けることが、不安でならんのだ。」
「誰かのために待っていたわけじゃなかっただろ?」
「そうだな………結局、俺は独りだったからな。
 ………独りだったから、ずっと、怖いものなしでやってきた。なくす心配がなかったのだから。
 それじゃ、そうでない奴らはどうなんだ?ヒトというものは、みんな、こんな思いに耐えられるのか、モンタギュー?
 だとしたら、俺がこれまで突き詰めてきた『強さ』ってのは、何だったんだ?」
「僕は……思うんだが。」
 若き天才科学者は、自分自身に語りかけるかのようにゆっくり口を開いた。
「なくすものがない故の強さは蛮勇でしかなく、いつか自分を損なうものだ、とね。
 失うかもしれない大事なものがあって、失うのが怖いから、失わないように強くなる。
 誰かを、何かを護りたいって気持ち、護るべきものの為の強さ、ってのが一番強いんだと思う。
 僕自身、あのとき、エルノアやウルトをなくしかけるまで気づかなかった事だけどね。
 しっかりしたまえ、イーニィとミーニィがおびえるよ。」
 身振りで示す先には、不安げな二人を懸命になだめる『後輩』のすがたがあった。
「わかってる。わかってるんだが……………
 ああっもう辛抱たまらんっっっ!!
 モンタギュー!アッシュにゲートを開かせろおおおおっっっ!!!!」
「おちつきたまええええっっっ!!」
「俺にマイニィを探させろおおおおおっっ!!俺の武器はどこだあああああ!!!!!」
「暴走するなああああ!!」
「先輩キレないでええええ!!」
「息子――――――――――ッッッ!!!!」
 忍耐の限界をあっさり越えて猛り狂うキリークに、あわてて飛びつく『後輩』と一部勇気あるハンターズ、慌てて退避するその他大勢。
 かれらをひきずりつつ主転送機に向かおうとギルド玄関ににぢりよるキリークの前で、開いた扉から金色のヒューキャストが入ってきた。
「何の騒ぎだい?」
「ああ、ライオネルさん!ちょうどいい、先輩をとめてぇぇっ!」
 のんびりした口調のアンドロイドに向かって、キリークの腕にしがみついてずりずりひきずられながら、『後輩』が叫ぶ。
「止めるな俺は末息子を捜すんだああああああ!!」
「末息子………って……………」
 狂乱するキリーク、さらに背後で怯えたように身を寄せ合う小さなヒューキャスト2体を順番に見やり、ライオネルはぽんと手を打った。
「ああ、あの子か?」
「な………に?―――――――見たのか!どこだ!?」
 一瞬虚をつかれ、すぐに勢い込んで詰め寄るキリーク。
「森のノーマル第2エリアだよ。モヒカン頭のハンターらしいおっさんと一緒だった。泥池にはまったのを助けてもらったんだが……」
「森の池だな!礼を言うぞ!」
 しがみつく『後輩』以下一同をふりほどき、みなまで聞かずに駆け出そうとするキリークに、ライオネルは片肘つかんで続ける。
「俺が使ったゲートはまだ残してある。まだそんなに遠くには行ってないと思うよ。行くなら使うといい。」
「うおおおお、マイニィ、今行くぞおおおおお!!」
 猛然とハンターズエリアメインストリートを駆けてゆくキリークを、通行人があっけにとられて見送っていた。


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