『恐らくはそれさえも平穏な日々』 PART-1


「お代わりだ。」
 どんっ、とカウンターに叩きつけるように、空ジョッキが置かれる。
「は、はい!」
 ウェイターが怯えた表情で、新しいジョッキを持ってくる。
 カウンターの隅に陣取ったその客は、ジョッキをひっつかむや一気に中身を半分ほど干し、また突っ伏してえぐえぐと呻き始めた。
「うう、何で………何でだ、俺は、俺わどーすればいいのだあああ………あううううう」
 で、しばらく呻吟したあとに、がばと起きあがって残ったジョッキの中身をすっかり干しあげ、またお代わりの注文を出す。
「お客さん………もうやめておかれた方がいいですよ?」
 カウンターの奥から、マスターがおっかなびっくり声をかける。
「何ぃ?ほっとけ!金ならあるんだ、心配せんでもきっちり払うわ!こんちくしょう、こんなモンで酔えるかあああ!えい面倒だ、工業用!エチルアルコールもってこ〜い!!」
 既に200プルーフのスピリタス(作者注:実在のウオッカ。アルコール1%が2プルーフ。実質的にはアルコール度98%ほどだが、200プルーフとして扱われている。世界最強のお酒だそうな)をボトル5本ほど空にして、表情など全くないにもかかわらず、あきらかに据わっているとわかる目つきで睨みつけてくる長身紫紺のヒューキャスト。
 はっきり言って、ムチャクチャ怖い。
 居合わせる他の客にからまないだけマシだが、全員カウンターからは遠巻きに、ひたすらやけ酒かっくらうアンドロイドという珍しいものを窺っている。
「どうした、エタノールといったはずだぞ!?」
 もはや泣きそうになって注文のジョッキを運んでくるウェイター。ひったくるようにして2/3ほどを一気に『飲み干』し、ずるずると沈没してまたえぐえぐと愁嘆しはじめる。
「うう、息子よ、俺の何がいかんのだああ………」
 マスターが本気でシティ警備員を呼ぶかハンターズギルドに連絡することを考え始めたとき、バーの入り口が開いて一人のハンターズが駆け込んできた。
「先輩、探しました………って、なにやってるんですか?やめてください!」
「ほっとけ、これが飲まずにいられるかああ!」
「ああもう、こんなに酔っぱらって。民間人を怯えさせないでくださいよ。」
「なにをお?俺はこんなモンで酔わん。酔ってないぞ。俺はシラフだ。」
「酔ってますって。」
 冷静にツッコミ。
「いくら何でもエタノールはやめてください。さ、帰りましょう。」
「俺が何を飲もうが勝手だろーがあ!おいウェイター、お代わり持ってこい!」
「持ってこなくていいです。マスター、お勘定。私が立て替えときますから。」
「勝手に仕切るな、貴様に俺の気持ちがわかるか、愛する息子に背かれた俺の気持ちが判るかああ!!いいからお代わりもってこいゴルァ!」
「えーかげんにせんかーーーーい!!」

 
ぴばしいいいいっっ!!

「はうっ!?」
「…………お勘定。」
「は、はいいっ!」
 びびりまくったマスターに精算を済ませ、テンペストセイバーのExで感電
(ショート)させた(←違法)キリークの襟首掴んで、
「…………お騒がせしました。」
 ぺこ、と礼儀正しくお辞儀を一つ残し、ずりずり引きずって墓場よりも静まりかえったバーを立ち去る『後輩』であった。(何者?)



 話はその半日ほど前に遡る。

「それ行けー!」
「きゃっほー♪」
「わあ、まってよお!」
 にぎやかにハンターズエリアメインストリートを駆け抜ける、ちっちゃな三体のヒューキャスト。
 最近ではハンターズの間にもエリア内の施設関係者にもすっかりお馴染みの、キリークJr.ことイーニィ、ミーニィ、マイニィの三兄弟である。
 面識のない状態では、無愛想で人付き合いも良いとはいえないあのキリークの息子、ということで警戒する者も少なくないのだが、意外や『父親』に似ない誰にも人なつこく屈託のない無邪気な性格は、さすがすれっからし揃いのハンターズたちといえども思わず微笑(多少の苦笑も交えつつ)を禁じ得ないものがあり、今ではなにくれとなく可愛がられるようになりつつあった。
「こんにちわー!」
 しゅたっ!と手を挙げて、ラグオルへの転送装置を警備する兵士に元気な挨拶をする三人。それなりの平和を手にしたいまとなってもハンターズと軍人との溝というか軋轢は消えた訳ではないのだが、彼らは頓着しない。
「あ、ああ、今日も元気だな。」
 どうにも調子が狂うのか、ちょっと退きながら返事を返す当番兵士。
「仕事か?」
「うん。森におりるの。」
「気を付けて行けよ。まあ、もう洞窟ぐらいは歩けるんだろうから平気か。」
「ありがとー!」
 元気よく返事して転送機に入りかける子供達。
「あ、ちょっと、あなた達!」
 呼び止める声に振り向くと、動きやすそうな服装のニューマン女性が息せき切って駆けてくるところだった。
「僕たち?」
 イーニィが不思議そうに女性を見上げる。
「あなた達でしょ、トップハンター・キリークの息子のイーニィ、ミーニィ、マイニィ三兄弟。
 あ、あたし、ノル。パイオニアニュース特派員のノル・リネイルよ。」
 ラグオルの災禍の過ぎたあと、多少はハンターズエリアへの立ち入り制限も緩和され、報道なども入るようになってきてはいる。
「えーと、ごめんなさい、よくわかんないの。」
 子供達の返事にちょっとつんのめりかけたものの、すぐ立ち直ってノルは続ける。
「つまりね、おねーちゃん、ニュースの記事作るお仕事してるのよ。で、今日はぜひ、最近噂の、あのキリークの息子にしてハンターズエリアのマスコット、そしてなによりあのジャンカルロ・モンタギュー博士の傑作アンドロイドである君たちについて、取材させて欲しいと思ってね。
 で、これから君たちどこいくの?お姉ちゃんついてってもいいかな?」
「えと、ごめんなさい。ハンターズには、おしごとのシュヒギム(守秘義務)があるんですー。」
 ミーニィが、いまいち意味がわかってない口調で応じる。
「ええと、おしごとにほかのひとつれてっちゃだめなの。それと、おはなしは、僕たちの前に、ぱぱかはかせにきいてみてください。」
「んー、思ったよりガード固いわねえ。」
 マイニィの言葉に、ちょっとがっかりするノル。
「ちょっと、あんた。ちっちゃな子供をたぶらかしてラグオルに降りようってのは感心しないぞ。
 降下
(ダイブ)したいならちゃんと許可を取れ。以前のように絶対禁止じゃないんだから。」
 警備兵が口を挟む。
「あらら。そーいうつもりじゃないんだけど。
 あ、そうだ。許可といえば、最近、偽造の降下許可証
(ダイブ・ライセンス)を使ってラグオルに降りる密猟者とかがいるって情報があるんだけど、それについて現場の人間としてコメントしていただけません?」
 ノルの差し出すビデオコーダーを、邪険に払いのける兵士。
「ノーコメントだ!
 おい、ちびさんたち、こんなのにかまってないで仕事に行ったほうがいいぞ。」
「ま、ごあいさつねえ。まあいいわ、おちびさんたち、次は取材受けてよねー♪」
 立ち去る女性記者を、ぽかんと見送る三兄弟であった。



 正午過ぎ、ラグオルの森。

「どう、そっちはあった?」
「っとね、これで7個目。そっちはとれた?」
「えーと……あ、ここにもあった。これで6個。」
「ふーっふっふっふ。勝った。僕9個。」
「わあ、さすがミーニィ。こーゆーの得意だねえ。」
 小川のほとりに集まって、手にしたミウォンタイト鉱石を数える子供達。
「ええと、これで全部で22個っと。おっきいのがとれたね、オズワルドおぢさん、よろこんでくれるかな?」
「だといいねえ。じゃ、ひとやすみして、ほかのとこであと少しさがして帰ろ。」
「さんせーい。おべんとう、おべんとう♪」
 日だまりに腰を下ろして、それぞれアイテムパックからモノメイトと恒常性維持剤を引っ張り出す。
「そういえばさ、あのおぢさん、ぶきにドラゴンの牙を入れるってきいたことあるよね。」
「ドラゴンかあ。ぱぱに初めてあったとき、たたかったっけね。」
「見てただけだよ、僕たち。それは誰かほかの、知り合いのハンターズさんにたのんでるらしいけど。
 いつかすごいぶきをつくるんだ、ってけんきゅうしてるんだってさ。このミウォンタイトもそれにつかうんだろうね………
 さ、そろそろ行こうよ。」
「ごみはちゃんともってかえるんだよー。って、イーニィ、そっち道じゃないよ。」
「ちかみちしちゃおうよ。こっちのほうにいけば、別の川にでるはずだよ。」



「どっちかな?」
 かさこそ。
「んと、あっちのほうみたいだね。」
 入り組んだ木々の間を抜け、茂みを割って、どれほど歩いただろうか。
「あれ?」
「どしたの、ミーニィ?」
「誰か、あっちのやぶの向こうにいたみたい。ぱぱの『コーハイ(後輩)』さんじゃなかったかな?」
「なにしてるんだろ?」
「行ってみようか?」
 三人は顔を見合わせて頷きあい、慎重に藪に踏み込んでいった。
 少し先の小さな空き地に、見慣れた後ろ姿が佇んでいる。
 アイテムパックから何やら奇妙なアイテムを取り出し、
『ぴー、っぴーぴ、ぴーぴぴっぴー♪』
「!?」
『ぴー、っぴーぴ、ぴーぴぴっぴー♪』
「ピ!」
「ピーッ!」
「ピーピピー!」
「!?????」
 ラッピーだ。
 青いの白いの黄色いの、いったいどこにこんなにいたのかというほどのラッピー達が、わさわさと現れて『後輩』を取り囲む。
 攻撃の意志は全くないらしく、穏やかな歓迎ムードで口々にさえずっている。
 あっけにとられてその様子を見つめている子供達。
「ピッ!?」
 一羽のラッピーが、突然彼らに気づいて警戒の声を立てた。
「ピーピー!」
「ピー!!」
「あれ、君たち。こんなとこで何やってるの?」
 振り向いて、『後輩』も驚いた声を上げる。
「こ、コーハイさんこそ、これどーゆーことお!?」
 これだけの数のラッピーにつつきまわされたら、さすがにひとたまりもない。
 かれらを刺激しないよう、おっかなびっくりでイーニィが問いかける。
「ああ、だいじょぶだよ。この子達は人を襲ったりしないから。」
 言って、ラッピー達をぐるりと見回し、なだめるように言う。
「この子達は大丈夫。いい子なのは私が保証します。お友達になれますよ。」
 言われて、じーっと小さなヒューキャスト達を見つめるラッピー達の瞳。
 やがて、
「ピ!」
 一羽のラッピーが声を上げると、遠巻きにしていたラッピー達はててて、と近づいてきて子供達を取り囲み、すりすり頭をこすりつけてきた。



『ここは我らラッピー族の村なのだぴ。』
 『後輩』ともども子供達を案内しながら、ラッピーが胸を張る。
 貸して貰った『ラッピーの言葉が判るようになる道具』なるもののおかげで話は通じるが、まだ何が何やら判らずにちび三兄弟はおのぼりさんよろしくぽかんとあたりの様子を見回していた。
「これが本来のラッピーなんですよ。人を襲うのは、例のDFの影響を受けたものなんです。」
 『後輩』のことばに、頷くラッピー。
『恐ろしいことだっぴ。空からやってきたヒトたちを消した光を浴びた、たくさんの仲間が狂ってしまったのぴ。
 幸いに、ショックを受けると元に戻る事が多いから、正気に戻れた仲間は帰ってくるのぴ。』
 案内されて到着したのは、大きな池を中心に大木や高台のある広場。
 どこを見ても、池で水浴びしたり、昼寝をしたり、どうやって登ったのか頭上の木の枝で語らうラッピーの群れ。
 まだ小さな、ラッピーのヒナたちが集団で足下を駆け抜けていった。
『我らはここを守って、仲間達が帰ってくるのをまっているのだっぴ。』
「ここはこのあたりのラッピー群落では最大のものなんです。
 ギルド関係者や、総督府と一部の科学者さんたちで、この場所を伏せているんですよ。
 彼らがタチの悪い人間に見つかったりしないようにね。」
『でもあなたたちはいいひとっぴ、歓迎するぴよ。ゆっくり遊んでいってほしいっぴ。』



 遙かな蒼穹を吹き抜ける風が、雲を穏やかに流してゆく。
 高台の縁に生えた一本の木の陰に腰を下ろして、『後輩』はよく茂った梢ごしにその様を見上げていた。
 木漏れ日に眩しげに、顔の前に腕をかざす。
「あ、いた。」
「あそこだ!」
「コーハイさあん!」
 にぎやかにわらわらと、駆けてくる三つ子のヒューキャストたち。
「やあ、どう?楽しんでる?」
「うんッ!」
「もうすぐお祭りがあるんだってさ。僕たちもじゅんびのお手伝いしてきたんだよー。」
「ミーニィは器用だもんね。なんかお祭りでつかうキカイ(機械)のセイビ(整備)をおてつだいしてたんだよ。
 お祭りがはじまったら、ショウタイ(招待)してくれるって!」
 口々にはしゃぐチビヒューキャスト達に、『後輩』は優しい視線を向けた。
「君たちはさ、我々……パイオニアの民がラグオルに着いてからほとんど初めて『生まれた』、『子供』たちなんだよね。」
「?」
「ここにこうして……樹にもたれて、大地の匂いを感じて、風や空や日射しを見ていると、思うんだ。
 我々がこのラグオルに根を下ろし、生命の環の中に受け入れてもらえるかは………
 なによりも、彼らにどう接するか。彼らから何を学ぶかにかかっているんじゃないかって。」
「???」
「まだわかんないか、君たちには。そうだね………君たち、ここのラッピー達が好き?」
「うんッ!!」
「それなら、今のその気持ちを忘れないで、大事にして『大きく』なりなさい。
 たぶんとっても、何よりも大事なことのひとつになるとおもうから。」



 その夜、モンタギュー邸。

「オズワルドからわざわざ連絡を貰ったぞ。なかなか良い仕事をしたらしいな、お前達。俺としても鼻が高いぞ。
 別件で洞窟の鉱石サンプルを収集する仕事を頼みたいらしい。
 ギルドに提出するから、おまえらがよければ、明日、請け負ってもらいたいそうだ。
 ………?
 お前ら、なんか妙なマグもってるじゃないか。どうしたんだ、それ?」
「えーとね、もらったの。」
「誰に?」
「えーと、ヒミツなの。」
「何故。」
「ヤクソクしたの。」
「………ぱぱ(←ちょっと恥ずかしい)にも言えないというのか?」
「うん、オトコ(漢)のヤクソクだからいえないの。」
「………どーしても?」
「うん。」
「…………………………」
「ぱぱ?」
「の……のおおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」(←号泣脱兎)
「あー、ぱぱ、どーしたの〜〜〜〜??」

(で、冒頭に続く)


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