ばしぃん！
　どんっ！！

　赤と、黒。不気味なかがやきと、闇とがもつれあう空間に、二体の夢魔が火花を散らす。
「やるな…ナイツ。さすがだ、我が半身よ」
「あたりまえだリアラ！余裕なんぞカマしてると、後悔するゼ！」
　言うなり、紫の衣装と深く澄んだ宝玉の瞳を持つ夢魔は青銀色の光の尾を曳く流星と化す。
　同時に、この空間と同じ色調の禍々しい角と闇を沈めた蒼い深淵の瞳、どこかいびつな印象を与える金の鈎爪を持つ夢魔は赤金色の光の尾を曳いて、正面からつっこんでいく。
「嬉しいぞ、ナイツ！待っていた、このときをずっと、ずっと……！」
　刃物の切れ味を備えた爪をふりかざし、背後を取るように空間に孤を描く。
「うわッち！」
　パラループ―――リアラの造り出した歪みに巻き込まれ、ナイツは大きくはじかれる。
“ナ…ナイツ！大丈夫！？”
　〈彼〉の裡から声がする。同盟者――勇気の光（レッドイデア）を持つ夢訪問者（ビジター）。
　同化（デュアライズ）している時はナイツの〈身体〉を使っているから、苦痛は感じていない筈だ。それでも、人間の子供の声はひどく切迫してナイツに聞こえた。
「……あと一発だな。オレも、リアラも。いいか、ここが正念場だ。行くぞ！」
“うん！！”
　ナイツは体勢を整えて、リアラに叫ぶ。
「次で決めるぞ。勝負だ、リアラ―――っ！！」
「来い！ナ―――イツ！！」
　空間を切り裂いて、二つの輝きが交錯する。めまぐるしいパラループの応酬。
そして―――――

　ばしいぃぃんっ！！！

「………あ………」
　全身を切り刻むかのような、激しい苦痛が走る。
　赤金色の輝きが、力を失う。
　さいごの軍配は、ナイツに上がった。
　リアラの身体は、くるくると木の葉のように落下して、赤黒い地面に叩きつけられた。
　力が――抜けていく。エナジーが、流れ出していく。

「…あ……う………」
　リアラは薄い唇から、かすかに呻きを漏らす。　

―――死ぬ…のか。私は……ナイツに負けて………死ぬのか―――
　
「………ナ……イ……ツ………」
　かすんでいく視界。宙にたたずむナイツの姿にふるえる手を伸ばし、最後の力で呟いて、リアラの意識は闇に飲み込まれた。

　で……………
「何で私は生きてるんだ？」
　リアラは真剣に悩んでいた。
　意識体であるナイトメアンは実質的には不死身に近い。姿形を保てなくなるほどのダメージも、イコール消滅…〈死〉につながるとは限らない。
　ナイツも知っているはずだ。だのになぜかとどめは与えられなかった。
　あれからどれほど経ったか、なんとか蘇生したリアラを待っていたのは同じく消滅を免れたセカンドレベルたち、そして、ナイツもさすがに徹底して戦わねば勝てなかったのだろう、主ワイズマンのいない―――どうやら本気でもといた闇の底まで押し返されたらしい―――悪夢界（ナイトメア）だった。
　ナイツは悪夢界にいなかった。最強証明をやってのけたはみ出しものの夢魔は、それを理由に彼らを従えるでなく、相変わらずナイトピアで気ままに暮らしているらしい。
　必然的にセカンドレベル達と生き残りのサードレベルは、現在悪夢界最強のリアラのもとに集まってくる。
　結果的に棚ぼたでナイトメアンの長の座を手に入れてしまったのだが、リアラの心は他に向いていた。
　ナイツ。
　リアラは悩んだ。悩んで悩んで、悩み抜いた。夢魔の長としての〈仕事〉も手につかず、寝てもさめても目の前にナイツの姿が浮かんで消える。
　気になってしかたない。知りたい。あいつの動向。何を考えているのか。
　どうしてこんなに、気になるのだろう。
　確かにこれまでも、あいつの事にこだわってはいた。だけど、これまでとは違う、心への引っかかり方。
　私はあいつを誰より知っていたはずだ。一緒に生まれた、同じもの。　あいつは私の半身……私の所有物（もの）………そう、思っていた。

　なのになぜ、今、私はあいつが判らないのだろう？
　リアラは悩んだ。悩んで悩んで、悩み抜いても答えは出なかった。

「リアラ様………」
　今日も今日とて頭を抱えるリアラに、好物の飲み物――正体不明の、ごく淡い水色の液体――を入れたグラスを渡しつつ、ジャックルはぽつりと呟いた。
「それって……恋じゃないんですか？」
「………こい？」
「気になるんでしょ？ナイツ様の事が。知りたくてしかたない。他のことが考えられない。
　ナイツ様は強いです。それも最強の夢魔であらせられる。
　強いものは美しいものです。そしてわれらにとって、強さは最大の価値です。
　ましてリアラ様はナイツ様と同時に生を享けられた、ナイツ様にもっとも近しいところにおられる方。我らが一目置くに至るところを、惹かれるまでに至ってしまわれてもそれは当然というもの。
　恋ですよ、リアラさま」

　リアラは、ぐっと拳を固めた。
　腹の底から、何かがこみ上げてくる。
「そうか………」
　そうなのか。これが…このわき上がる想いが………
「この感情が、変というモノなのかあぁッッ！！」

　力一杯、間違った雄叫びを上げるリアラであった。