“彼”は其処にいた。
紫水晶の瞳に静かな光を湛え、静かに其処にいた。
リアラはかたく拳を握りしめ、大きく息を吸い込んだ。
いつも冷たい青白い頬が、ひどく熱くなるのをリアラは感じていた。
目を閉じて。うつむいて。
リアラは“彼”に贈る言葉を、思い切って胸の奥から吐き出した。
「ナイツ―――好きだ!!」
「イヤだ」
ぴしいぃっっ★★★
電光石火、間髪入れずに戻ってきた拒絶の言葉に、リアラは本気で石になった。
更に容赦ない口調で、ナイツは更に追い打ちをかける。
「俺はお前なんて大っキライだぜ。
存在し(うまれ)てこの方……お前、オレに何をした?厚かましいんだよ」
ぴきぃっ★
さらにひび割れて全身崩れ落ちそうになるリアラ。
「第一……もう遅すぎる」
「え……」
リアラの心に、氷の刃が突き立った。
「おい……そ、それって一体……ま……まさか…」
血色の悪い顔からさらに血の気を引かせて、リアラは震える声を絞り出す。
『―――ナイツ』
「あ!」
聞こえてきた耳慣れない声。しかし、ナイツはぱっと表情を輝かせて声の方に振り向いた。
―――誰かが、立っていた。
顔がよく見えない。こんなに近くにいるのに、霞でもかかったようにリアラの眼には“彼”の容姿が認識できなかった。
ナイツは嬉しそうに、そいつに駆け寄る。腕の中に飛び込んで、幸せそうに寄り添った。
『愛しています、ナイツ……』
「あは……オレもだよ」
逞しい腕が、しなやかなナイツの身体を包むように抱擁した。ナイツはうっとりと、そいつの胸に頬を寄せている。心の底から安らいだ表情で。
「ナイツ………」
見たくない。だが、目をそらせない。瘧(おこり)にかかったように震えるリアラのことなど完璧に目に入らぬ様子で、二人は至福の微笑みを交わす。
『行きましょうか』
「ああ」
――待って………――
腕を組んで。睦まじく肩寄せ合って。
二人はリアラに背を向けた。
――待ってくれ………――
リアラは膝を折った。
――そんな……――
動けない。声が出ない。
――ナイツ!!――
必死で手を伸ばす。
――行かないでくれ……ナイツ!!――
手は届かない。二人の姿が遠ざかる。
――イヤだ……イヤだ!!――
苦しい…胸が痛い…
――ナイツ……行かないで……ナイツ!!――
なにも……見えない………
「リアラさま!!どーなさいましたっっ!?」
突然目の前に、どぉんとパフィーのけばけばしい姿がどアップで現れた。
「うっ……んぎゃうああぁぁぁぁぁぁぁ………!!!!」
ナイトメア・キャッスル中に響きわたる絶叫に、クロゥズは全身の毛を逆立てて跳び上がり、ジャックルは飲みかけのマグカップの中身を読んでいた本に力一杯噴き出した。
「ああ……非道いめにあった」
ソファーに半分沈み込んで、リアラは大きく溜息をついた。
「悪夢の化身(ナイトメアン)が悪夢にうなされるとはな……不覚」
「リアラ様……あまり思い詰めないほうが……」
「わかってる」
ジャックルの言葉にリアラは立ち上がり、後ろ手を組んで所在なげに床を蹴った。
ジャックルはそんなリアラの背にむけてさらに言葉を継ぐ。
「意識体(われわれ)にとって、重度の精神的苦痛は身体的なそれより負担に…」
(作者注:神坂一先生の「スレイヤーズ!」の、魔族の設定を参考にしてます)
「わかってる!」
少し口調を強めて、リアラはジャックルの言葉を遮り…肩を落とした。
「わかっては…いるんだが…な」
深い深い溜息。
拡げたてのひらの上に、力を集める。悪夢を紡ぐ要領で創りだしたのは、薔薇に似た白い花を封じ込めた拳大の水晶球。
白い花は、球の中で一瞬だけ形を保ち、すぐに崩れて綿の固まりのようなものに姿を変えた。
リアラは球を投げ捨てた。
「……ん?」
球の転がっていった方向に、ふと気づいて目をやる。
「りあらサマ、コレドウゾ」
キルクルとカトルが、本物の三分の二くらいのサイズのナイツ人形を差し出していた。
カトルがなんとなくいびつな人形の腹をぽんぽん叩く。
『りあら、りあら』
「力作デス。オナカ押スト喋リマス」
「 … パ ラ ル ー プ で 消 す ぞ お の れ ら 」
青筋立てて、リアラは歯の間から声を押し出す。
「その〈代用品〉の札はどーいう意味だ?おまけになぜ……
衣装がネグリジェなんだああああああっっっっ!!!!?」
サードレベルたちを叩き出し、リアラは布団(どこから出した)を頭からかぶった。
「あああああ、どいつもこいつもおぉ〜〜っっ!!」
「寝込まないで下さい」
ジャックルが半分あきれて声をかける。
「リアラ様……そんなに思い詰めてると、ナイツ様に卵ができちゃいますよ」←大嘘
「……………」←妄想
ぷぱしいっっっ★★★
「わ〜〜〜〜〜っっ!誰か来てくれっっ、リアラ様が耳血噴いて倒れたあ〜〜〜っっ!!」