「………ナイツ!」
「あ、リアラ!」
〈狭間〉にほど近いあたりで、やっとリアラはナイツの姿を見つけだした。
青みを帯びた銀色の光の尾を曳いて、ナイツはリアラのもとにふわりと漂ってくる。
「ずっと呼んでいたんだぞ。聞こえなかったのか」
「うん」
「………。黙って遠くまで行くな、と何回言わせる」
「だって、ほら。こんなの見つけたんだぜ」
リアラにしてみれば、余計な事としか思えないのが、これだった。
好奇心。
ナイツは必要とは思えない事に関心を持つ。
珍しいもの、初めて見る物。行ったことの無い場所。そんなものばかり探している。
『リアラは知りたくないのか?しらないところとか、しらないモノとか。
見たいと思わないのか?みたことないところとか、みたことないモノとか。
たくさん、たーっくさんあるんだぜ。ワイズマンさまが教えてくれないことが、たっくさん』
我等に必要な事なら、創造主が教えを下さろうに。何故、無用なものに惹かれていく。
創造主が我等に望まぬ事なら、何の必要もないものだろうに。
「ほら、リアラ。……これ、何だろうな?」
渋々、リアラはナイツが突きだしてくる何かを包み込んだ両手を覗き込む。
ナイツが手をゆるめると、指や手のひらの間からやわらかな光が漏れだしてきた。
あぶられるような不快な感覚に、思わず顔をしかめて少し身を引く。
明らかに、悪夢界の〈光〉とは属性の違う輝き。ナイツの手が開ききると、その周辺の空間を満たす〈闇〉を払うように金色の光が拡がった。
「……お前、平気なのか?」
「何が?」
きょとんとしているナイツの手の中を、もう一度覗き込む。光の源は、小振りな金の五芳星。ナイツの両手が包み込むようにしている空間に浮かび、ゆっくりと回っている。
「星の…欠片(スターチップ)か。夢の楽園(ナイトピア)から紛れ込んだんだろう」
「ナイトピア?」
無闇やたらな好奇心の結果がこれだ。
しばしば創造主のもとを抜け出して、結果として学ぶべき事柄がおろそかになる。
「リアラ、ナイトピアって何だ?」
「…私もまだ、行ったことはないがな」
フン、と鼻をならして、それでもリアラは教わったことを思い返してやる。
主はいつか、そこを潰すつもりでおられる。美しい闇の領域を、夢次元全てに拡げる為に。その日に備え、ナイトピア侵攻の為に教わった知識。
ナイツも戦線に加わるのだ。自分と二人、最強の力で、全ての光の夢を破壊して、ご主人様に捧げるのだ。
ナイツも知らなければいけない。自分の知識と同じものを。
「まぁ、くだらん場所だ。この悪夢界の“裏側”…明るくて、こことは正反対の、愚かで弱い生き物しかいないところだよ。
さぁ、そんなガラクタは捨ててしまえ。ワイズマン様のところへ帰るぞ」
踵(きびす)を返すが、ナイツはそこで手のひらを見下ろしている。
「…持ってかえる。
―――ナイトピア………か」
紫水晶の瞳にうっとりとした輝きが宿って見えたのは、リアラの思い過ごしではあるまい。
ナイツの瞳が見入る、小さな星。大切そうに掌に包み込み、思いはまだ見ぬ光の世界に 馳せているのだろう。
星の欠片に見入るナイツの瞳。ナイツの表情。リアラの裡にあの嫌な感覚がわき上がる。
冷たい不快感。そして同時に―――狂おしい、熱さ。
「………!」
ばしっ!!
「あ!」
リアラは力任せに、ナイツの手から星のかけらをたたき落としていた。
“彼”にとって不快でしかない、闇を退(しりぞ)かす光を撒きながら、小さな星は二人の足下に転がる。
「何するンだよ、リアラ!オレの星…」
「うるさいっ!――こんな…こんなモノ!」
リアラは力一杯、足を踏みおろした。いともたやすく、小さな星は微塵に砕ける。
「ああっ!!」
悲鳴にも似た、ナイツの叫び。それがまた、腹立たしい。
―――そんなに、こんなものが大切なのか!
憎しみさえ込めて、足を踏みにじる。何度も、何度も、砕けた星を踏みつぶす。
鋭い破片が足を傷つける痛みも感じないほど、“彼”は激昂していた。
「こんなもの、こんなもの!――――こんなものッ…!」
「―――や…―――」
呆然とその様を見つめていたナイツが、我にかえってリアラを突きのける。
「やめろ―――ッッ!!」
力一杯突き飛ばされてたたらを踏むリアラ。
「…ナイツ…」
振り向いたリアラに、ナイツは本気で怒りながら叫ぶ。
「ひどいやリアラ!なんで…なんでこんなことするんだよッ!?」