「な ん で …だと?」
低い声で唸るリアラの瞳に、険悪な輝きが宿る。次の瞬間、獲物に喰らいつく毒蛇の動きで、硬い指―――鉤爪と一体化したそれが、ナイツの喉元をわし掴みにしていた。そのまま、ぐい、と乱暴に、驚愕に顔を引きつらすナイツの身体を引き寄せる。
「ナイツ…私たちは何のためにここにいる?何のために存在している?
すべてはご主人様の―――ワイズマン様のために………」
―――判っていないのか、おまえは?…お前は………
「私たちはワイズマン様にお仕えするために存在しているんだぞ!」
―――何故だ?何故お前は他のものを見る。
握りしめる手に、知らず力を込める。
「……っ……」
苦悶に歪むナイツの顔。手加減なしに、リアラは“彼”を突き倒した。
「お前は…この私のパートナーだろうが!」
―――私の、だ。他の誰のでもない、この私の半身。
「星の欠片も―――夢の楽園もどうでもいい…どうだっていい」
―――私とともに。その為に生まれた…私のナイツ。私の半身。私のそばに居なければならない私だけを見ていなければいけないほかのものなど見てはならないほかのものなど要らない。 その為に創られた、私と共に生まれた。望まれる在りかたはただ一つ…―――おまえは―――
「おまえは…私とともにワイズマン様にお仕えすることだけ考えていればいいんだ!」
―――私のものだ。おまえは、私の…私だけのものだ!
膝をついたナイツに、指を突きつけて叫ぶ。宣告するように。
「………リアラ…」
ナイツは絞め上げられた喉元を押さえて、掠れた呟きを漏らす。見上げる瞳の哀しげな色に、リアラは気づくことなく背を向けた。
「帰るんだ。さっさと来い!」
「…………」
ナイツは膝をついたまま、足下に目を向けた。
かすかに―――最後の燐光を放って、星の欠片の残骸が消滅していく。
知りたい、だけなのに。見てみたいだけなのに。
ただ…ただそれだけなのに……………
きつく―――ナイツは、拳を固めた。
「………や…だ」
「?」
リアラの耳に、ナイツの呟きがかすめる。
「いやだ」
こんどこそ、はっきりと。
愕然と振り向いたリアラの瞳を射抜く、ナイツのある決意を込めた瞳。
「リアラ。俺は……帰らない」
「ナイ…ツ!?」
「かえらない。悪夢界(ナイトメア)にもいたくない」
「ナイツ!?」
何を…言う。なにを言い出す。ナイツ。お前は私の半分だろう?
「嫌いだよ。嫌いだ。もう―――イヤだ」
いやなのか?それが嫌か。そう生まれたのが嫌なのか?
冷たい。胸の奥が冷たい。
言われたくない、言葉。判る。ナイツが、言おうとしている。
そうだ…
判っていた。いつか言われると。何故かわからない。何故言われるのかも。
でも、知っていた。
こころのどこかで、自分でもわからないほど深いどこかで。
言ってしまえば、壊れる。今日までが壊れる。
私が壊した、星のように。
砕ける……………!!
「オレは………」
言うな。いうな、その先は。ナイツ……私と、お前は……
「オレはお前なんか、大ッ嫌いだあぁ―――――ッッ!!」
「ナイツ………!!」
叫んだリアラの目の前で、ナイツは身を翻した。
「ナイツ…………!!」
リアラの叫びが、闇にこだまする。
応えは、聞こえない。
その日、悪夢界から、闇の王の片腕たる夢魔が、姿を消した。
〈Fin〉