LONG LONG AGO……
「ナイツ……ナイツ?」
闇に虚しく、呼び声は消えてゆく。
「………ナイツ?」
応えは聞こえない。何かに夢中になって気づかないのか。それとも声の届かぬ場所まで行ってしまったのか。
それとも…。
「………ナイツ…ナイツ!どこだ、応えろ!」
こんな時にいつも感じる、氷塊を呑んだような感覚。それが、不安というものだと知ったのは、随分と後のことだったのだが。
『りあら様ダ』
『りあら様ガないつ様ヲオ探シダ』
『ないつ様ハ』
『誰カ見タカ』
闇の中にざわめきがわき起こる。リアラの同族にして部下…“彼”と“彼”の片割れとが統率する、数多くの低級夢魔(サードレベルナイトメアン)たち。
現在は実質、リアラの部下…なのだが。困ったことに。
やがて、その中の一体がリアラの前に進み出る。
『ないつ様ハ、サキホド〈狭間〉ノホウニ行カレマシタ』
「…そうか。ご苦労」
一言を残して、リアラは闇の空間に飛翔する。
〈狭間〉。悪夢界(ナイトメア)と夢の楽園(ナイトピア)、そして現実界、三つの界の接点――正確には三つというのは正しい数ではない。〈現実界〉は互いに隔てられたあまたの世界の総称であるから。それらの世界は直接の接点を持たぬが故に、住人…夢見る生き物たちは互いに出会うことはない。夢次元だけが、それら全てにつながっているのだ。
なぜなら、あまたの世界全ての心の光と闇からこの世界は生まれたのだから。
全ての世界の唯一の接点。それが〈狭間〉。
悪夢でも、幸いの夢でも、現実でもない、そしてそれら全てにつながる場所。力さえ在れば、望むまま、時さえも越えてそのすべてに辿り着ける場所。
むろん、そんな力は彼らの創造主にさえ無いと聞いているのだが。
リアラは飛翔する。赤みを帯びた金色の、光の尾(トゥィンクルダスト)を曳きながら、闇を駆ける。
闇―――それは最初の記憶―――いや、あれは“無”だったのだろうか。
なにもないところ。たゆたう感覚―――感覚、という自覚さえもなく。
深い、深いところから浮かび上がるような―――無意識から、意識へと。
目覚めよ―――声、いや、促す意志。一気に鮮明になる、身体の感覚。
いまの自分が振り返ればそう言葉にできるが、その時の自分にはあらわす言葉もなく。
意志の概念も、〈自分〉という概念すらもなく、何も判らぬままに開いた瞳に最初に映ったもの。
深く澄んだ紫水晶…宝玉の瞳。
理屈でも、教えられたものでもなく、その時悟っていた。
〈これ〉と〈己〉。同じ処から、同じ刻に、同じちからを備えて生まれ出たのだと。
その瞬間がリアラの〈始まり〉だった。
『覚醒(めざ)めたか』
頭上から落ちてくる低い声。同時に、向かい合って漂う二人の周囲から、まといつくように渦巻きたゆたっていた〈霧〉のようなものが流れ落ちるように拡散し、闇の空間が開ける。
ふり仰げば、視界のほとんど全てを覆い尽くしてたちはだかる巨大な姿があった。
見回せば、闇の空間に浮かぶ二人の周囲を取り囲むように、巨大な掌があった。
そしてその一つ一つの中央から自分たちを見据える、六つの万色の瞳。
『お前達は我が最大の力を以て創り出した、最強の夢魔(ナイトメアン)。
一つの魂(こころ)と力とを分かちあいし、半身同士である。
渇望の赤と絶望の黒を猛(たけ)き角に宿ししものよ、そなたはREALA。
夜の深さと輝きをその身に宿ししものよ、そなたはNiGHTS。
今まさに生を享けし闇の愛し子に、その名と共に祝福を与えよう。
我、悪夢界すべてのものの父にして母、闇の王(ロード・オヴ・ナイトメア)ワイズマンの名に於いて』
リアラとナイツ。己をあらわす〈名前〉の他は何も知らぬ二体の夢魔は、片割れと互いに身を寄せ合うようにして、ただその言葉を聞いていた。
それからどれほどの時が流れた事だろうか。
偉大な知と力とを併せ持つ創造主の寵愛と薫陶を受け、最強の力を持つ一対の夢魔(ファーストレベルナイトメアンズ)として側に仕え、他の低位の夢魔達を統率する日々。
リアラにとって、それは永い刻の中で最も幸せな日々であった。
余計な事を思い煩うことなどない、創造主の望むままに学び、命じるままに行動すればいい。その為に、その為だけに我等は在るのだから。
敬愛する主のもとで、傍らには共に生まれ出たおのが半身。自分と共に、主に仕えることを定められた、“自分の”――他の誰のでもない、リアラの半身。
リアラの望みは、ただこの時がいつまでも続くこと、その一つだけだった。
いや――永遠に続くのだと、“彼”は信じていたのだった。